カーザ・ミーア
1、難題
「アドレ君、ちょっと良いかな?」
聴きなれた良く通る低い声を耳にした僕は、仕事の為に使っていた陣術を止めると声の聞こえた方へ身体を向け、声の主へと視線を向ける。
その視線の先に居たのは、ナイル=フィガロ。
僕が働いている、巨大飛空艇ゴディヴァのオーナーである彼の丸々と膨れた巨体が立っていた。
良く晴れた日の地上から数百メートルの位置を航行中との事もあってか、ゴディヴァに内蔵された理術の防御壁によって守られてるとは言え、多少の風が吹いている。
そんな中、その大きく重い身体のお陰か、ずっしりと安定感のある身体は揺れる甲板の上でも微動だにせず、僕を見ながら微笑んでいる。
「勿論いいですが、どうかされましたか?」
先程まで、食事をしていたのだろうか?
また一段と…スカラブ黄土竜特有の蛇腹の段が張り詰めている巨体を見上げながら、僕はフィガロさんに笑顔を向けた。
「甲板での立ち話もなんだし、執務室まで付いてきてくれないかな?」
その声は、少々強張っているように思えた。
あのジャコール帝国を相手している時の商売だって、落ち着いて商談に望んでいるフィガロさんを知っている僕としては、少しばかり不思議な声色。
僕は、彼の提案に軽く頷くと、その大きな背中の後ろに付いていく。
こんな事、オーナーである彼に失礼だが、フィガロさんの背中は、三日前ぐらいだろうか…その時に見た姿よりも大きくてなっていて…
フィガロさんの様に太…いや、大きくない僕は、甲板に吹いてる風で体勢を崩しがちなので、こうしてフィガロさんの背中の後ろで風から守られていると、自分にも父親が居たらこんな風に大きな背中で僕を守ってくれたのかな…長い事、孤児だった僕は考えてしまう。
それにしても…何か、重大な問題でも起きたのだろうか?
そんな、少々…いや…かなり食い意地は張っているが、そんな所だけ目を瞑れば、オーナーにも関わらず末端で働いている自分の事まで良く気にかけてくれ、自らも商談へと望んでは莫大な富を持ち帰ってきてくれる憧れのフィガロさんが、不安そうにしていると僕も不安を感じてしまう。
そろそろ、8tの大台に到達しようとしているフィガロさんの巨体に合わせて何度も改築された専用の執務室に到着した僕は、最近は歩くのが辛くなってきたのか、息を切らしている彼が出来るだけ早く休めるようにと、陣術を起動させ彼専用の巨大な椅子を差し出し座ってもらう。
何度新調を繰り返したか分からない、その幅4m近くある椅子に重い腰が乗せられると、椅子のスプリングから悲鳴が響き、両脇にある肘掛けから膨れ上がった蛇腹の脇腹がタプンと音を立てて乗っかり重々しく揺れる。
すっかり肘掛の役割を果たすどころか、脇腹が椅子から溢れかえっているその姿を見ながら、僕は早めに椅子を新調して貰えるように船内の技師に頼んでおくと頭の中のメモに刻み込むと、反重力と移動操作の陣術回路を駆使して、彼の大きな身体を執務机の前まで浮かせ運んでいった。
その後、少しばかりの時間を掛けて息を整えたフィガロさんへと僕は、許可を貰うと執務室の棚に入っていたゲリデルバーの実を発酵せて作ったワインをグラスに注いで渡した。
このゲリデルバーの実から作ったワインには、痩身効果があるとフィガロさんは愛飲しているのだが、あまり美味しくはないらしい。
だけれども、効果はそれなりにあるらしく、僕が飲んだらあっと言う間に骨と皮だけの身体になってしまうよと、フィガロさんが苦笑いしながら言っていたのを覚えている。
でも…日に日に大きくなっているフィガロさんの身体を見ていると、本当にそうなのだろうかと疑問に思ってしまうのだけれど…
「ふぅ…ありがとう。君を信頼して、少しばかり難題を頼みたいのだが…良いかな?」
ワイン入ったグラスを空にして一息付けたように見えるフィガロさんが、先程甲板でも聴いた強張った声で僕に問いかける。
憧れの父の様なフィガロさんに信頼してる。君に頼みたい何て言われてしまうと、直ぐにでも頷いてしまいたくなる。
だけれども、僕もフィガロさんの元で働き始めてもう長い月日が経つ。
その間に取引のイロハを勉強させてもらったつもりだ。
つまり、こういう時にすぐさま承諾するのは、フィガロさんの信用をかえって失う事になるだろう。
「その、難題という事の次第では…内容次第では私では力不足かもしれませんので…」
普段は優しく感じるフィガロさんを商談の相手にしているみたいで少しばかり不安になってきてしまう。
だけれど、商人としての答え方としてはこれで当たっている…筈。
どんなに甘い言葉で美味しい商談を持ちかけられても直ぐに承諾するのは良く無い事だよ。
そう、過去に教えてくれた…恐らく過去の自分がしてしまった失敗を僕にもして欲しくはないって…優し気な声で教えてくれたフィガロさんを思い出しながら僕は、緊張で汗が滲む手を握りしめる。
「商人らしい良い目だね。アドレ君。私の若い頃を見ているようだよ、いや、今でも若いつもりなのだけどね」
そんな緊張して、強張った身体の僕に対して、フィガロさんは先程まで強張っていた声を崩して、笑いを堪えているように見えた。
「ふふっ…いや、すまないね…あの時の幼竜が立派になってくれて嬉しくてつい」
あの幼竜…つまり食うにも困り、何とか生きているという感じで、スカラブ諸島で暮らしいた僕の事を思い出したのだろうか。
そんな空想の中でしか見た事の無い、自分の息子の成長を喜ぶ父親の顔に見えるフィガロさんを見ていると、少しばかり緊張の糸が解けそうになる。
「おっと、こちらから話を逸らしておいて何だけれど、商人同士の話に戻るとしようか」
そう言うと、すぐさま商人の顔に戻したフィガロさんを見て、僕もすぐさま緩みかけていた緊張の糸を引き締めて向き合う。
これは、フィガロさんが商人として成長しているのか、僕を試してくれているのだから。
「そうだな、どこから話そうか」
少し悩んだ後フィガロさんは、羽織っていると言って良いのだろうか…もう何度も新調して
それでもサイズが小さく、彼の太い両肩と腕によって袖を通すのも難しそうで、突き出すぎているために脇腹すら覆えていないベストの内ポケットから一枚の写真を取り出すと、執務机の上にそっと差し出す。
「この写真の女性が…難題…ですか?」
フィガロさんが難題…と言うぐらいなのだから、危険な橋を渡る可能性もある提案なのだろう…
勿論、彼の期待に応えたい僕としては、難題だろうと受けて立ちたい。
だけれども、ジャコール帝国への武器の密輸を始めとした危険極まりなく、自分には荷が重過ぎるような提案ならば、残念だけど素直にこの提案には降りるしかないだろう。
諦めと引き際が商人には肝心で、命まではお金に換えられないのだから。
「あぁ、そうだね。もし、頼めそうならばなのだが、この女性…ネージュ=エトワールは、バルハラント諸島にある故郷への旅行がしたいと言っている。君には彼女の旅行中の付き竜になって貰いたいんだ」
旅行中の付き竜…?それが、難題?
商船故に商業を生業にしている竜は何度も乗せているが、単なる旅行客を乗せるなんて、異例中の異例…
この女性…エトワールさんは余程のVIPか、それとも今住んでいる場所で何らかの問題を起して逃走中だとでもいうのだろうか…?
そんな異例の提案から、僕はきな臭さを感じつつ、もっと情報が欲しいと写真の女性を観察する事にした。
写真の女性は、ぱっちりと大きな薄い緑がかった目。
薄い紫色で自身の腰まで伸びている長い髪は、その先端が黒いリボンで纏められていた。
顔には、陣術で視覚を補強できる現在では珍しく、眼鏡を掛けており、まだ幼さが抜けきっていない様にも見えるが、何処か大人びた…いや、背伸びしているのだろうか、そんな印象だ。
そして、写真の彼女に何があったのだろうか…彼女はどこか物悲し気に、優しく微笑んでいる。
首から上だけ見たら、アイドルにも思えてしまう整った顔立ち。
そこまで見た僕は、ふとアイドルのお忍び旅行だろうかと推測するが、首から下を見ていく内にその推測は捨てる事になった。
薄い桃色の肌。
それから、首から下…尻尾の先の裏側までの白い肌は、レイブン桃竜にも似ているが…
桃竜にしては、桃色が薄すぎる。
恐らくバルハラント白竜とレイヴン紅竜のハーフなのだろうか?
先程見た髪色といい、薄すぎる桃色の肌。
自分の知識にある、バルハラント白竜とレイヴン紅竜を足して割ったような見た目に僕は推測する。
そんな桃色の肌の上には白衣を纏っているのだが、彼女には大きすぎて本来なら上着な筈が、膝まで覆ってしまっていて、明らかにサイズが合っていない。
小柄なのだろうか?それともまだ幼くて合うサイズが無いだけなのか?
よく見ると、彼女に失礼かもしれないが…胸は小さくてぺったんこ…
体格だけ見たらガリガリに痩せた雄の竜にも見えてしまう。
だが、サイズが合わなくとも不思議と何処か様になっている白衣と顔に掛けた眼鏡は、知性的な印象をこれでもかと僕に植え付けてきていた。
その似合っている白衣の胸ポケットに何やらロゴが縫い付けられているのを見つけた僕は、写真を手にしてそれを凝視する。
その時、フィガロさんから「女性の胸元をジロジロ見るのは失礼じゃないか?」と生暖かい笑い声が聴こえてきた気がしたが、未来の依頼人になるかもしれない相手を観察するのに集中していた僕は聞き流すことにした。
「シャイア…第一研究所…ですか…」
よくよく見ると、そこにはシャイア第一研究所のロゴが縫い付けられていた。
つまり、彼女は陣術、理術の権威であるシャイア博士の元、研究所で働いていると言う事だろう。
自分と変わらない年齢で、あのシャイア研究所で働いているだなんて…
先程まで、推測していたアイドルかもなどと言う考えは遠くに消え去り…
寧ろ、アイドルのお忍び旅行ならどれ程良かっただろうか…
シャイア第一研究所の研究員など、このドラゴルーナで一、二を争う程危険な人物ではないか…
危険と言うのは、その人が危険と言う意味ではなく、その知識や技術をジャコール帝国を始めとした国家から狙われていると言う意味での危険なのだが、あまり関わりたくないという意味では変わりない。
流石にこの提案は自分には荷が重すぎる…下手に手を出して後ほどフィガロさんに迷惑を掛けてしまうくらいならば、もっと適任を探してもらうべきだろう。
「いや、彼女はもう研究所では働いてないよ。先程軽く言ったのだけど、彼女は今、バルハラントには居ないのだからね」
写真から状況を推測し、その状況の悪さに辞退しようとしていた時、フィガロさんが教え子に物を教える時の様に補足してくれた。
あぁ、そうだった…
彼女は今バルハラントには住んで居ないのか…それで故郷帰りの為の旅行とフィガロさんは最初に教えてくれたのだったんだ。
だが、仮に今は働いてなくても、働けるほどに溜め込んだ知識と技術は本物なわけである。
だとしたら、それを狙ってジャコールなどが襲ってくる可能性はあるのではないだろうか?
「あぁ…バルハラント諸島は帝国から近いから、確かにきな臭さはあるけれど、そこは小さな問題だと思うよ。なんせ、この写真はもう数年も前に撮られた物で、あれから随分と彼女は変わっちゃったからね」
「変わった…とは?」
幾ら月日が経ってると言っても、竜の面影は大なり小なり残っている筈だろう。
たかだか、その程度で狙われなくなるなんてありえないと、フィガロさんの割には楽観的だなと僕は思ってしまう。
「あぁ、すまないね。変わったと言っただけでは想像しにくいか…彼女が研究所を辞めて移住してからの数年の間、その年月をベクタ大陸で…それもフィードロット市で暮らしていた…と言ったら想像がつくかな?」
首を傾げて頭上にハテナマークを浮かべている僕を見て、フィガロさんは軽く微笑みながら、空になって久しいワイングラスにゲリデルバーワインを注いで一口含むと、もう一つグラスを取り出し、メートルアグの実の果汁で作ったジュースをそこに注いで僕に差し出す。
「ベクタ大陸…フィードロット…」
それなりに長い時間、集中していたからだろう、僕はお礼を告げて差し出されるグラスを受け取ると、それを一気に飲み干した。
強い甘味と僅かな酸味、高い栄養価から長旅の友であるその実で喉の渇きを潤した僕は、口元に付いてしまったジュースの残りをそっと…下品に見えない様に舐めとると口を開く。
あの…肥満体国と言われるベクタ…
自分もゴディヴァで何度か向かった事のある土地だ。
そこの土壌は非常に豊かで、食には絶対に困らないと言われる、僕やフィガロさんの生まれたスカラブ諸島とは、大きくかけ離れた豊かな土地。
あまりの豊かさに旅行単位で滞在しただけでも、元の何倍にも肥え太ってしまう恐れがあるとまで言われている場所だ。
実際、フィガロさんも商業の関係であそこに滞在する度に一回り…いや、三回りくらい大きくなって帰ってきている。
あんな場所で数年間も暮らしていたら…
いや…ベクタ大陸に滞在している場合でも、首都であるセイズモバロ市ならばまだ良い。
あの場所ならば、周囲の竜が多少の枷になって太りはしても、失礼だが、今のフィガロさん程度の太り具合で済むだろう。
それ位ならば、下手な成形手術よりも、元の印象を消しされて、ジャコール帝国などに身元が割れて襲われてしまう危険が減るのだから。
元々、シャイア研究所で働いていたと言う彼女にとって良い隠れ蓑になると思う。
だが、フィードロット市となると、話が変わってくる。
あそこは、もう…肉塊竜と言われるほどに太り切った竜…その中でも末期的に太った竜が住んでいる場所。
自力では動けず、ただ怠惰に食を貪る竜の棲む土地…
その大きさは、竜によって差があるらしいが、最小でも目の前の巨大なフィガロさんが子供に見えてしまう程の体格差があると聞いている。
「それで…ゴディヴァに乗せて運ぶことになったのですか?」
フィガロさんが最初に見せた深刻そうな声。
その意味、彼が難題と称したそれは、ジャコール帝国を始めとした国々の介入では無く、あまりにも重すぎて現存する、普通の飛空艇にも乗れない様な肉塊竜をどうやったら、目的地まで連れていけるかと言う不安から発せられていた物だったらしい。
「その…失礼ですが…断れなかったのですか…?」
分かってくれて嬉しいよ。
そんな声が聞こえてきそうな表情でフィガロさんは頷く。
「いや…流石に最初は断ろうと思ったのだけどね…彼女がベクタで続けている陣術の研究は、私達ゴディヴァの商竜も少なからず恩恵を受けているしね…それに竜生最後に故郷を見ておきたい何て、普段は大人しい性格の彼女にあそこまで訴えてこられると、どうも断りづらくてね…本当は私自身が彼女の付き竜になろうとも考えていたのだけれども、私もこの体格だから…小回りと気が利いて信用も置ける君に頼めたらとは思ったのだけれど…どうかな?勿論、無理強いをするつもりは無いのだけれどもね」
フィガロさんの事だから、本当に無理強いはしないのだろう。
仮に、此処でこの仕事を断ったとしても、ゴディヴァ内での別の仕事をくれるだろう。
だが、断っても良いのだろうか…
仕事の内容として、数メートル以上はあるだろうと予測出来る彼女の巨体が乗り込めるだけのスペースの確保。
流石にありったけの反重力術式によるサポートは受けているだろうから、見た目よりは軽いだろうけれど、ゴディヴァが航行可能な重量を維持するために積み荷を減らさないといけない。
いや、彼女の体重をだけでなく、彼女の食べるであろう食事の量も考えなくては駄目だ…
フィードロットと言えば、ベクタ内でも比較にならない程の大食漢が集う場所。
そんな場所で過ごしている竜って考えると、当然、途中の港で食料の補給は出来るのだが、普段積載している食料よりも多めに詰め込んでおきたい…
そうなると、航行可能な重量を維持する為、自分の管理している積み荷を港に返す事になるのだろうけれど、それだけでは、絶対に足りないはず。
それなら、このゴディヴァ内で一緒に働いている同僚たちの荷物も降ろして貰える様に頼まなければならないわけで…
必ず、彼らには埋め合わせをすると伝えて…それでも、大事な積み荷を降ろしてくれるだろうか…
商魂逞しい彼らを説得するのは難儀だろう…
考えるだけで頭が痛くなってくる。
だが、どうしても、僕は”竜生最後に故郷を見たい”という彼女の言葉を思い出すと断ってしまいたいと言う気持ちが薄れていくのだ。
恐らくだが、この機を逃したら本格的に彼女が乗せられる飛空艇は存在しなくなってしまう。
自分も孤児で…スカラブ諸島には辛い思い出が多い。
それでも、故郷はやっぱり大事だ…と思う…
僕が彼女と同じ立場だったとしても、同じことをフィガロさんに頼んでいたのだろうか…
「分かりました…その仕事…私が責任を持って引き受けます…」
僕はフィガロさんに向き合って彼の目を見つめると、必死に声を絞り出して決意を表す。
「ふふっ。ありがとう。君になら任せられると思ってるよ。大変だろうけど、ちゃんと船員にはサポートを頼むつもりでいるから、これも勉強と思って励んで貰えるかな」
これから起こるであろう沢山の問題に僕は顔を強張らせるも、フィガロさんはそんな僕へと先程も見せてくれた我が子の成長を喜ぶ笑顔を向けてくれた。
その表情と言葉は、強張っていた僕の身体と心を安心させてくれる。
大変だろうけど、出来る限り頑張ろう。
僕は、決意を改める…
その時、ふと聞き忘れていたことがあるのを思い出した。
あぁ…何でこんな大事なことを聞き忘れたのだろう。
やっぱり僕は、まだまだだな…
僅かに強張りが取れた顔が、緊張と不安で再び強張っていくのが分かる。
「あの…」
こんな大事な事も聞き忘れていたのかと、フィガロさんに言われるかもしれないと思うと、恥ずかしいし、悔しいが、今聞いておかねば…
「なんだい?」
「彼女…エトワールさんの体重ってどれくらいあるのでしょうか…?」
彼女の体重を知っておかなければ、降ろす積み荷の量も決められないのだ。
そんな大事な事を最初に聞かなかったなんてと、情けなさで僕の声はどもってしまう。
「あぁ…それなんだが…彼女を測れる陣術がこの世界には存在しないんだよ…」
正直、その言葉を聴いた時の僕は、なんでそんな大事なことを聞かずに承諾してしまったんだいと怒られる方がマシだと思ってしまった。
あの陣術が…
このゴディヴァにも搭載され、毎日船に乗せられる積み荷を測り、測れない物など無いと思っていたそれが…
これが、特殊な合金などならまだしも…ましてや生き物相手に測れない事が起きるなんて…
そんな信じられない現実を突きつけられた僕の思考はしばし固まっていた。
だって、測れないって…
今まで乗せたゴディヴァの積み荷の最も重かった物だって確か700t程だったはず。
それだって、問題なく測れていた陣術でも測れない重量…
一体、目の前のフィガロさん何十…いや、何百人分の重さなのだろうか…
先程までの決意改めた顔が一転、絶望的な表情になっていた。
そんな僕を見ていたフィガロさんは、深々と座っていた席を立ち、僕の目の前まで歩いてくる。
その大きさは、やっぱり僕が見上げる程大きくて、横幅何て、僕の何倍もあって…
これから、乗せる事になる彼女は、そんなフィガロさんよりも何百倍も大きいって事で…
あぁ…どうしよう…
安請け合いするんじゃなかった。
そんな、考えに涙すら流しそうになっていた僕の頭に、重くて柔らかい何かが当たる感触がする。
何だろうと、顔を上げると、そこにあったのはフィガロさんの肉厚で、ぽってりとした柔らかい手だった。
その手は、僕の茶色い髪を優しく撫でてくれていた。
「こんな事を言っても、慰めにはならないだろうけど、最後に測れた彼女の体重は、698t程だった筈だよ。流石にそれ以降は測れていないけど、彼女だって竜なのだから、何百トンって急には増えないだろうし、ほら、私だって去年に比べたら500kgは太ってしまったけど、毎日好きなだけ食べている僕だってそれしか増えていないのだから、きっと彼女だってそんなには増えてないさ」
慎重に慎重を重ねる性格のフィガロさんからは考えられない楽観的な言葉。
きっと、僕を慰めてくれているのだ。
「まぁ、そうだな…念には念を入れて1000tは積載出来るようにしておいたらどうだろうか?流石にそこまで太った肉塊竜は歴史上でも聞いたこと無いかからね」
「はい。分かりました…周りにも協力を頼んで、出来るだけ船内を軽くしてみます…その…色々とありがとうございました…」
その後、フィガロさんに細々とした内容を相談し合い、これからの行動を決定した僕は、彼に軽く会釈し、彼女を迎え入れる準備の為、執務室を後にしたのだった。
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