超密集地帯
5、〜停電〜
「それじゃ、いってきまぁ〜〜す」
これでもか、というぐらい野太く低い声。
どうしてこうなった、といいたくなるぐらい付きすぎた贅肉を携えてコープは登校する。
体重はこの数日で4tも増えていた。すっかり陣術とサポートメカ頼りになったせいで、ろくに筋肉は使わないし
どれだけ自身の肉が邪魔しようが食べ物に手が届かない、という時が無かった。
「歩くの疲れるし、オートモードにして、っと」
自分は運動神経すらろくに、勝手に動かしてもらう。
学校につくまでの間やることといえば買い食いの繰り返し。
肉塊竜だらけの通学路は何度も拡張工事が行われていたおかげで、快適だ。
それでもあまり避ける動作をしない彼らはすれ違うたびに肉と肉がぎゅうぎゅうぐいぐい、ぎちぎちと擦れあう。
「あ、コープ君おはようございます」
のっしのっしと巨体を揺れ動かしながら挨拶をするのは同級生のレナス。
相変わらず細い(?)体してるなぁと、むしろコープからすれば彼の食べなさすぎを心配するほどだ。
彼のようにウエストが10m以下の体型は学年でもほとんどいない
それでもちゃっかりホットドッグを手にし、口に入れている。
「コープ君、おはよう。今日もおやつ作ったから、お昼に食べてくれるかな?」
以前は太ってた体型を恥じていた乙女であったトルナだが、今の彼女は着てる服がパツパツでも気にせず、チョコレートブラウニーを口に入れている。
そんな生徒たちが一つのクラスに収容されるのは難しく、1学年1のA,1のBと更に細分化されている。
グラウンドに数クラスが集う合同体育の時なんかは肉の混沌(カオス)空間となってしまい、誰もが誰かの余った肉を潰し潰され・・・
とろくに動けない。それでどうやって、なんの体育の授業をするというのか。
7割の生徒はワグナス先生がかろうじて可能な体操を見る【見とり稽古(と呼べるのか?)】で ”こうやって動くことが可能”という知識を見るだけになっている。実に酷いありさまだ。
それでもウィンドウで見る静止画や動画とは違って生で見るのは学習になる、らしい。
生徒たちは、体育の授業も座学のような動かなさで日々を過ごす。
生徒も教師も、その家族も親友も。
市民の誰もが順調に太っていった。
親が太っていれば子供も太りやすいが、その逆もある。子供の食べる量が増え、それに合わせて増えた家庭の料理に身内たちも順調にぶくぶく体を大きくしていく。
マージ家もご多聞に漏れず、日々激太りを続けている。
フラーの体型変化は顕著に表れ、ずりずりと全身の肉をひきずる移動は一緒だが、ちょっと動くたびに強度を何度も増した家がギシギシと軋む。
以前はニコニコ笑顔でコープたちに料理を振る舞ってあげていたハリアも、衣服を伸縮性の高いものに変え、作る料理を少し減らし自動宅配の出前を多くしていた。
家の味と店の味、二つを同時に楽しめるおかげで家族はますます立派に成長していく。
かろうじて肉塊にまで到達していないが、重度肥満に変わりないダグラスも、何度もボタンや帯を飛ばすのが日常茶飯事。
そればかりか、新調した衣服を脇腹がビリビリと引き裂いたり、
焼き上げたパンを我慢できず何度もつまみ食いするように。 今ではあらかじめつまみ食いする分も含めてパンを余分に焼くようになっている。
「ふぅふぅ、もぐもぐ・・・うぷっ」
昼食を終えて満たされたはずの胃袋。
満腹感はあるのだが、なんとなく口寂しい、という理由だけでガムを噛むぐらいの気持ちで巨大なフランスパン(高脂肪バターたっぷり)をモグつきながら
リモコン操作で、しかし熟練の職人技でパンを焼いていく。
様々な自動化、効率化によって彼らの消費カロリーは極限まで抑え込まれていた。
たとえばその削減がエネルギーの消費問題なら素晴らしいが、彼らの消費エネルギーが減らされても増えるのは余分な贅肉ばかり。
逆に電力や燃料は過剰に使われていった…急激な速度で。
それは施設に負荷を与え続け、ある問題を引き起こしてしまう。
ある日の事…
マージ家は、相変わらず満漢全席も涙目なボリュームの料理をテーブルに並べてはお腹に収め、
新たな料理を並べては空の食器が自動洗浄機に運ばれる。
「今回のサンドイッチ、唐辛子系統を大目に使ってみたんだけど、食欲が湧いていいわね〜」
「フーフーフー・・・ああ辛い、汗が…カプサイシンが脂肪も消費してくれますしね、うん、これはもっと食べておかないと」
太り過ぎを自覚しているフラーだが、それで一緒に挟まってるソースたっぷりのカツも余分に食べてるのだが無意味どころか逆効果だ。
「このピザっ、おいしいー!ミミの中にもいっぱいウィンナーとチーズつまってて、バジルソースも柑橘系の風味もつけててさっぱりするよ、
ねぇ、追加で15枚頼んでいいかな?」
「あ、ワシはこのトマトベーコンピザのXLを・・・
いや、XXXLサイズを2枚とバジルとカレーソースのハーフ&ハーフピザで、和風キノコクリームスパゲッティも、2kg追加頼んでおこう」
以前にも増して食欲は旺盛だ。だが彼らの異常とも言える超巨体を維持するなら、これでもまだまだ足りない。
だから食うのだ、もっともっと。
「ぅ〜ん、おいしぃ〜〜」
満面の笑みで、モッツァレラチーズがたっぷり乗ったピザ生地を堪能する。
3段どころか10段…否、もはや何段腹という次元を超越した肉塊のコープだが、そんな彼のお腹すら次第にパツパツに張りつめてきた。
”100kgやそこらを食った程度ではこうはならない” つまり、そういう事である。
「うぷっ、ふぅー・・・今日も食べ過ぎてしまったか・・・?」
ギリギリ届く範囲でのみお腹を摩る亭主ダグラス。もっともこの家の中で痩せている彼だがこれでもかというぐらい腹は前方に突き出しており、
作業服とは別の超伸縮制のシャツは、今にも破れ…と思ったらすでに大部分が裂けている。
フラーも羽織るタイプの服、むしろ布?を乗せていたが袖口がかろうじて原形を留めているだけにすぎない。
「ふぅふぅふぅふぅ、それにしても、部屋暑くないか?」
「もう少し冷房の温度下げましょうか〜」
除湿+冷温のW動作モードに切り替え、温度も3度近く下げる。暑いのは彼らが着こんだ”分厚い脂肪”のせいでしかないが、
我慢は体に毒だし、怠惰で忍耐力も堕ち続けている彼らに躊躇はなかった。
そして・・・その非省エネ精神は、マージ家だけにとどまらない。地域中がサポートメカや快適な暮らしの為にガンガン電力を消費し、
ついにはその負荷が停電を引き起こしてしまった。
急な電力消費程度では、停電にはならないはずだがいかんせん、最近は施設の老朽化+作業員の超肥満化によって点検作業も機械任せだけにし、大分おろそかになっていた。
エラー警報なども、満腹で眠りこけていた施設の従業員には届かず…
ぶつっ
いきなり視界が暗転する。
「おや、停電か?」
「わわっ、真っ暗だー」
「あらあら、久々に体験したわね」
「ぬぉっ、私のチーズバーガーはいったいどこにっ?!」
一度は呑気に久々の停電というイベントを素直に受け入れた。
だが、意外と深刻な問題という事にすぐ気づかされる。
非常電源により、最低限の光源は保たれた。
「なんだか、お化け屋敷みたい〜」
「今、誰かワシの足潰しておらんか?」
「すみません、たぶん・・・ちょっとしか感覚無いですが私の脇腹です」
ほの暗い闇の中、蠢く超絶肉の保持者達。
当然、クーラーはつけられず、かといってうちわなど原始的な道具は近くに置いてない。
あるにはあるのだが、そもそも使えない。
「あ、あつい・・・」
「とりあえず、喉の渇きはなんとかしないといかんな」
機体に残ったバッテリーで、サポートメカを操作し冷蔵庫からたんまりキンキンに冷えた2ガロンの炭酸飲料を持ってこさせる。
「ぐびっぐびっぐびっ・・・」
「ゴブゴブゴブ」
だが、飲んでる時は冷たい飲料が喉を通り越していいのだが、密着しないのが不思議なぐらいの肉塊同士が室内にいたら、サウナのようになるのは同然。
それでも暑さをなんとかごまかそうと繰り返し、繰り返し飲み続ける。
「ぐぷっ…ウッ!!」
「お、お腹が・・・」
シャツを破る形で脱ぎ捨てたダグラスも、あれほど暴食した後に暴飲した影響で必死にひぃひぃ声とおくびを漏らし続けながらも、はち切れそうにパンパンなお腹を労わった。
フラーのだぽんだぽんになったお腹はずどんと垂れ下がり、床に広がる。それでも彼のお腹は膨張しないところを見るといかに表面に多量の脂肪がついてるかということだ。
「けぷっ、僕も飲みすぎちゃったかなぁ」
「冷凍庫からアイスも持ってきましょうか」
業務用アイスを何個かわけて持ってきてもらう。だが、サポートメカのバッテリーも尽きてしまい、彼らはとうとう停電が復旧するまで何もできなくなってしまった。
「せめて、ぜぇぜぇ、窓を開けるか…ぐ、ぬぬ・・・むん」
ず、ずぅん!ず・・ん!
怪獣が歩くより遅く、背に似合わない太り過ぎによる不自然な重量感を出しながらダグラスが歩いていく。さすが頼れる一家の大黒柱。
この家族の中で一番痩せている(太っていない)だけはある。
だが
「お父さん、苦しいよ」
「私もどきたいんですが、ちょっと、身動きが、ぜぇ、はぁ・・・」
「あなた、頑張って!」
ちょうど窓側とは反対側にいたダグラスは、3つの邪魔する肉の壁を通り抜けなくてはならない
そして、それは物理的に、どう考えても不可能だった。
「・・・っ!!!!!・・・・っぶはぁあ!ひぃ、ふぅ、ぜぇ、はぁ・・」
だらだらと汗を流し、マラソンを終えた選手のように肩で息をするダグラス。仮にどのルートから行こうとも詰んでいた。
結局ダグラスの奮闘は余計に部屋の湿度と、全員の疲労度だけを上げる羽目になった。
結局、翌朝までできる事もない彼らはその場で朝まで眠ることにしたのだった・・・
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