超密集地帯
15、〜超密集教師〜
その世界は『食』に満ちている。
満ち溢れている。
アズライト竜学の教頭、クジンシーは頭を抱えていた。実際は抱えようにも肩が満足に上がらない。
何故かというと、体型のせいで物理的に不可能なのだ。膨れ上がった胴体は両肩を限界近くまで押し上げ、むしろ脇が食い込むほど。
お気に入りだった衣装はただのエプロンと化しており、3日ごとに新調していた。
最近では、余計な出費になるという事で伸縮性のあるものにしている・・・がそれでもすぐに破ける程体は肥大し続けていた。
「はぁ、困ったものだ…」
ずしりと重い体をひきずりながら、廊下を歩く。歩く…というよりは、摺り足で移動するしか出来ないのだが。
とある一件以来、この学校の設備は肥満竜に最適化し、し続けた。
今なお改築と増築が繰り返され、フードコートの面積が以前の学校の敷地面積と同等になっている始末だ。
客である生徒や教師の『幅』もそれだけ広がりを見せている。
開けた空間に来ると、1km四方どこも肉の山で溢れかえっている。酷い有様だ。誰もが超がつくほどの重度肉塊デブ竜。
私も悲惨な、肥満状態であり、耐えず何かを食べていなければストレスでまた太ってしまう…ん? どうあがいても太ってしまうではないか
「とほほ・・・」
「おや、クジンシー先生、どうしたんですか、お昼休みはまだ続いてますが」
もしゃもしゃとピザや揚げ串、焼き鳥をほおばる真っ白な…なんだろう。全身の肉がさざ波をうつ巨大な物体。
声でフラー先生だとはわかっているが、その姿はあまりにも竜という存在からかけ離れている。
「いえ、少し散歩でもしようかと」
消費に対する摂取カロリーのバランスは天秤で表記したら酷いだろう。だが、動かないよりはましなはず。
・・・げんに、目の前のフラー先生は2か月ほど前と比べても目に見えて『広がっている』
もはや太るという段階を通り越して面積が増える、という認識だ。体脂肪率は分母が大きすぎてそれほど変化はしていないかもしれない。
全身が余分な肉で形成された生物…上位の肉塊竜だ。
フラー先生を見ていると、TVなどで見るフィードロット市の住民の映像が頭に浮かんだ。
「コホンっ、私もあまり強く言える立場は無いですが、もう少し控えるように」
「わかってますよ〜これでも最近12XLピザのサイズを11XLに変えたんですからぁ」
それでも消費枚数は増えているので実際は何の意味もない。朝三暮四、それでもフラーは満足している。
その事を知らないクジンシーは納得し、軽い注意喚起で済ませる。
肥満は伝搬する、という話があるが、この学校は特にそれが顕著だった。
「ぐおおおっぷ、っう、ふぅ、ふ、う・・・!!」
遠くから聞こえる、覚えのある荒い息。やれやれ、またか…
「ワグナス先生、またですか?
今週でもう3度目ですよ」
「あぶっ、うぷっ、う、す、すみ、ませ・・・ううっぷ!!」
無残に膨れ上がったお腹を抱え、苦しんでいるのは『元』体育実技教師のワグナス・アバロン。
だぶだぶのたるみきった胴体をなんとかかつての引き締まったお腹に維持しようと、無理やり限界以上に詰め込む癖がある。
というのは建前で、実際はアスターゼドリンクの多様により、『短期集中型暴飲暴食』をする事が増えてしまったのだ。
時間当たりの摂取量は教師陣の中でもトップクラスで、体重こそフラーやダンターグには劣る物の
食後のお腹の巨大化具合と言ったらもう酷いものだった。
自力で一切動けず、相撲部員にせっせと押してもらい課外授業や体育館まで移動させてもらうほど。
今も、限界を3段階ほど突破した膨張腹をだぶんだぶんに揺れる二の腕と、足首が埋まる程ぶよぶよの両足で抱え込み、ひぃこらひぃこら、呼吸を整えるのでやっとだ。
そんな彼を呆れた顔で見ていると、後ろから巨大に蠢く黒い影が
巨大な気球…もといワグナス先生の妻であり相撲部顧問でもある、ダンターグ先生だ。
「ワグナス先生、だから朝ごはんは抜いたら駄目だって言ったのに…もぐもぐ・・・」
「うう、す、すまない・・・」
なるほど、そのせいで我慢が出来ず『こんなことになるまで』食べ続けてしまったという事か。
今では食事も便利になり、短時間で以前の5倍は摂取できる料理が増えた。
おかげで噛む回数は減り…いや、噛む回数は一緒だな。簡単に言えば…50回噛んで食べ終えた1品が、50回噛んで2品食べれるようになったといえる。
「だ、だが、うぷっ、君が今朝に用意したメニューは、計測器で見てみたら1品で13万キロカロリーもあったんだぞ?
それをあんなに並べられては…」
ワグナスは目の前に出された料理をほとんど我慢できない。だから逃げるようにして学校に出勤し、売店のパンやゼリー飲料(総計300kg相当)だけで我慢していた…
が、昼前にはとうとう我慢できず『膨張するだけ』食べてしまったという事らしい。
「むしゃむしゃ、でも、朝食は抜くと太るっていうわよ〜〜
わたしは一日中我慢してないから、あまりかわってないかなぁ」
「いやいや、ダンターグ先生。
今のワグナス先生よりウエストありますよね」
だぶんっだぶんの肉ひだで目測は難しいが、パンパンに張りつめたワグナス先生と比べても…相当に余っている。
「そうでしょうか?」
「また長期休暇だけは勘弁してくださいね」
「ふふっ、大丈夫ですよ。あと3倍は太っても、この補助機械の安心サポートがついてますから。
ナイル=フィガロ印の製品は最大設定重量が凄いですもの」
「ま、まぁ確かにそうですが…」
とはいえ、それに甘んじて我々はこうなったわけだし…
だが彼が考案し、開発した補助装置の数々が無ければ私たちは学校に来ることさえ怪しい。
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ダンターグは、最近相撲部に顔を出していない。というか、出せていないことに気づいた。
体型の極度の変動によってアズライトの相撲はベクタ式のルールに変更されようとしている。
それも無理のない話で、以前使っていた土俵ではそもそもシュメルツひとりでも【肉が溢れかえって】しまうからだ。
その影響と、なんだか近頃移動が疲れるから(後者の理由が大)という事でなかなか相撲部には顔を出せないでいた。
「今日は、ちょっと様子を見ておこうかしらね〜」
ほとんどが自主練、という形になっている。
肉塊竜同士の相撲というのは、だいたいアレのパターンで決着がつくか、いつもの流れになるか、しかない。
よって重量がある方が有利で、一番のトレーニングは体つくり。ぶっちゃけ食いまくる事だった。しかも体に身につくような、異様な食いっぷり。
「みんなぁ〜首尾はどうかしら〜」
ちゃんこ鍋がぐつぐつと煮えている音が聞こえる。直径5mもの超巨大鍋の中には、様々な肉類や豆腐、野菜がバランスよく入っている。
「あら、もう麺も入れてるのね、私も食べていっていいかしら?」
「お、ダンターグ先生じゃん久しぶりぃーー」
そういって片腕を、おそらく上げたのは部長のシュメルツ。
おそらく、といったのは二の腕どころか手首にすら余った肉がだっぷりどぷぅんとフォンデュのように垂れまくって溢れているせいだ。
本当、学校の生徒としては尋常じゃない肉量だ。どこから胸の肉で腹の肉で…といった分別がもうつかない。
とりあえず、【あそこからあそこまでは】シュメルツの躰、と判別できるのが関の山。って、いけない、私も夫にそう言われてるわね。
けど気にせず彼女はお椀をサポートメカに用意させ、食べさせて貰う。もちろん、何から何まで全自動だ。
流石に私だって口は自分で動かすわよ?【まだそこまでは】太っていないわ。
彼女のこの言葉が意味するのは、つまり自力では咀嚼すらめんどい、もしくは厳しい肉量の個体がいる…という驚愕の事実である。
実際フィードロット市内にはそういった【規格外】が数多くいるのだとか。
ひとりあたり、50kgほど食べただろうか。
勿論、軽いおやつ感覚だ。
ちなみに1時間前から食べているシュメルツたちはその何倍もの量を平らげ済みだ。
「ざぁっで、ぐぶっ、けっこう食ったし、メニューでもこなすとすっかぁ」
ぶよぉっぶよん、と肉という肉を波打たせ、肉塊が蠢く。歩いているんだか、方向転換してるんだか、それすらも傍目にはわからない。
が、とりあえず動いているんだな、という事実だけは認識可能だった。
「ちょ、ちょっと先輩、踏んでます踏んでますって」
「部長、ふどりずぎですよぉお〜!」
ぶにゅりぐにゅり。デブしかいない相撲部ではこれぐらい日常茶飯事。
リガウなんて、あの体型にも関わらず丸々シュメルツに全身を押しつぶされた経験もある。サポートメカのおかげであり、それのせいでもあった。
「むぐむぐ、みんな頑張ってるみたいで何より…よし、それじゃあ私も学校の書類整理に戻ろうかなぁ」
ずず・・・ずずず・・・と肉をひきずり職員室へ向かう。
そういえば試験の問題もそろそろ考えておく必要もあったかしら?
彼(ワグナス先生)は実技のテストは何をやるつもりなんだろうなぁ、と呑気に考えながら彼女は両脇に用意した紅茶とケーキのセットをモグモグ、もぐもぐと食べ続ける…
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試験まで、あと1週間。
これまで授業中も食っちゃ寝が多かった生徒たちも真面目に授業を聞き、焦ってパネルやウィンドウを忙しなく操作している。
その光景を見つめながら、教師のひとりアネイルは授業中ある事を思い出した。
「(そういえば、あらかじめ作っておいた試験の問題…
まだやってない部分も範囲にしちゃってた…!)」
どうしよう、問題を作り直せばいいんだろうけど、難易度の配分が難しくなってしまう。
「先生ー、次のテキストはーー?」
「あっ、ごめんなさい、ええと、このページではまず…」
テストは難しすぎても、簡単すぎてもいけない。
「(そうだ、一部の授業は【あの方式】でいきましょう)」
その授業内容とは…
地理や世界史では料理と各地の名産、歴史を関連料理を【実際に食べさせながら】倍の速度で授業を進める。
家庭科でも、【調理実習】を行いながら栄養についての授業、カロリーや様々な知識について学ばせた。
【美味しい料理】を織り込んだ授業は恐るべき集中力と作業効率で
頭より胃袋で暗記したのでは? と思うほど生徒たちはわずか数日で試験範囲内の授業をカバーしきってしまった。
「うん、これなら安心ね!
でも…」
ちょっと、ううん・・・・調子に乗って【生徒も】【私も】食べ過ぎちゃった…
それも無理もない話で。
みんなは通常の食事、小休憩時間、中休み、昼休み、放課後にもたらふくの弁当、フードコート食べ歩き、間食、飲み食いをするのだ。
それにプラスして何種類もの地方の料理や、食べ比べを繰り返しつづけたのだ。
その摂取カロリーたるや、尋常ではないだろう。
「ふぅうっ、ふぅう・・・あぁ、か、体が重いわ…サポートメカの補助段階、1つ上げておかなくっちゃ…
・・・・・・・うん!これでよしっと」
無事に試験は終えた。平均点もまずまず、例年並み。それは良かったんだけど…
「あぁ、こんなに視界いっぱいにお肉が…」
眼下に広がる贅肉、そして腹肉によっておしあげられる爆乳により、視界は一段と狭くなった気がする。
アラウンドモニタービューのウィンドウもカスタマイズしておかないとね…
便利な文明の利器は、歯止めを利かなくしている。
壊れた歯車は、異音を立ながらも、ぐるぐる回り続ける
その身に、【贅肉】という名の脂肪を延々と蓄えながら
一日、また一日と
その身を巨大化させていく…
続く
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