超密集地帯
24、〜肉極の贅〜
〜飽くなき欲求〜
その世界の竜達は、際限なく肥え太り続けていた。
それは純粋な食欲と、適応しすぎる周囲の環境。
古代文明が栄えていた時代と、現代とでは種族の性質には大きな差があった。
無論体型は比較するまでも無い。平均体重200kg程の生物が、今ではその数千倍の質量を持ち生活している。
巨大化したわけではない。不要な肉を、それこそ際限なく蓄え続けるためだ。
強靭な肉体は自重に押しつぶされることなく、窒息することも無い。
他の生命体では到達できない領域。
彼らは初めからそれ程太っていた。そう思える程の肥満適応とでも言うべき変異が僅かな期間で起きていた。
生物は進化を重ねるが、この竜たちは一世代で肉体を変化させる。
身動きが取れない《肉塊》の更に先へ……
その星は、陸地が肉で埋まりゆく密集地帯。
〜肉極の贅〜
ナイル=フィガロは現時点で、最も贅沢な暮らしをする竜のひとりである。
最大肉量の保持者でもあり、維持するだけでも大変な資金と食糧が必要にもかかわらず
一日、また一日と太り続ける猛者である。
どれけ食べても満足することが出来、苦しいとは思わない。
量を増やすことをひたすら考え、【彼専用の食糧生産工場】は24時間フル稼働している。
完全自動化された生活。各地の商談や取引といった仕事は、ほとんど部下に任せ重要な案件の回答や承認以外は全て食事に時間を費やす。
それでも、彼はどこか満たされない日々を過ごしていた。
確かに、一流シェフ達に作らせる料理はどれも一品だ。世界各地から取り寄せる珍味や高級食材を惜しみなく使い、何百人前と平らげている。
しかし、空腹感は満たされているが、新鮮さと、エネルギーに不足感を覚えていた。
あれだけ太り続けていた肉体も(別に肥満化嗜好ではないが)一定の水準のまま変化しておらず、惰性で食事をしている…という感が否めない。
(あぁ、どうしたものか。 あれだけ楽しかった食事が、どこか麻痺しているようだ)
ぐびぐび、ごぶごぶ、と流動食を飲み干す勢いで魚介類の紹興酒炒めを。コラーゲンたっぷりのふかひれスープをリットル単位で軽々と平らげる。
(なにか、違う方法で新しい食材を探すべきか…ふむ、そうだ)
現代。世界中から食材を集めてきた。
だが、今では失われた古代の食材があったのではないか?
その事を思うと…アーティファクトを発見した時の喜びや、胸の高鳴りが自然と思い出される。
明日は早速研究部に連絡だな。 気分の高揚したナイルは、その日普段の1.2倍の食事量をし、窒息しそうな勢いで太ったという。
〜タマルデーツとカジュールデーツ〜
ナイルの読み通り、案の定世界には失われた果物や穀物といったものは数多く、その情報だけが書物に残されていた。
古代の生物を復活させるのは難しくとも、食材ならば…
彼はこれまでに溜めた資金を大量に投入し、大昔、貴族や王族が称え、神話時代の伝説にも登場する食べ物…
《タマルデーツ》を遂に復活させた。
タマルデーツは古代の常緑高木に生っていた果実であり、成熟度によって甘み、感触まで複雑に変化する。
若い果実は林檎のようにシャクシャクとした歯ごたえであり、サッパリとした後味。
だが熟成し、実が深い橙に染まっていくとトロけるような柔らかさと、クリームを思わせる濃厚さに変化する。
何より、この果実にはある特性があった。
魚介類や高級な茸類によくある《旨味成分》
それによく似た、だがそれ以上に強い凝縮された《絶味》成分が含まれているのだ。
その味は食したもの誰もが納得する味。そして、虜になる味。
ナイルは《タマルデーツ》に酷く感動し、大量生産を進めた。
早朝食、朝食、第二朝食、間食時、昼食、中食時、第二間食時、前夕食時、大夕食時、夜食時…
そのすべてにタマルデーツを利用した料理を一緒に食べるようになり始めた。
それ程に魅力的で、飽きが来ず、すっかり生活の一部に馴染んだ。
そして、タマルデーツという果実の存在が知れ渡るや否や、
ベクタ、アズライト、それ以外の大陸も含めて瞬く間に大陸全土に広がっていき
いつでもどこでも手に入れることが出来る時代は、僅かな期間で訪れてしまった。
そのうち品種改良されたカジュールデーツという派生種も育てられるようになった。
タマルデーツは様々な料理に良く合い、カジュールデーツの方はドリンクや果実酒といった飲料水に混ぜられて使われていった。
誰もが口をそろえてこういう。
こんなおいしい食べ物があったなんて! もっと食べたい、もっと食べなくちゃ、お腹いっぱい、好きなだけ。
だがその果実は一つ…重要な問題に気づかぬまま世界に広まってしまった。
その果実は。
その世界に現存するどの果実よりも……超カロリーであり、太りやすい、という事実に。
すでに十分肥りすぎていた彼らは、『以前にも増して太る』という変化に鈍感で、気付けなかったのだ…。
〜新作パンとデーツ〜
マージベーカリーの敷地面積は増築を繰り返した結果、かつての十数倍程に広がっていた。
それは中に住む竜たちが、元の部屋の大きさでは出入りはおろか、身動きはおろか、『収納』しきる事すら出来ない程の超肉塊竜と化していたからだ。
「ふわ ぁ あ。 みんな、 おは よ〜〜」
間延びした声であいさつをするのは、この家の息子コープ=マージである。
床一杯に広がった紫と白の肉体。壁際にまで到達する贅肉は、それでもあり余って天井側に盛り上がっている。
尻尾、脚、腕といった各部位は傍目には判別できず、あちこちの肉が連鎖してぶよぶよと蠢いていた。
彼は今、立っているのか座っているのか、歩行しているのか、呼吸しているだけなのか、それすらも判別しにくい程だった。
挨拶はしたものの、家族との距離は大分離れている。
コープもだが、ダグラスとハリア両親も、居候のフラーも、その超肉塊竜と同等、場合によってはそれ以上に肉を蓄えているからだ。
体重の順番としてはフラー、コープ、ハリア、ダグラスという順は昔から変わっていない。
だが昔はダグラスはそもそも太っていなかったし、ハリアはぽっちゃりだった。フラーは痩せてた期間こそ短いが、《くびれ》というこの大陸から消失したフォルムの時だってあったのだ。その記憶は当の本人すら消えかけているが。
「あ、ぁ、おは、よぉ、コープ君、ムシャムシャムシャ…」
コープの挨拶に返事をしながら、再び食事に集中するフラー。
ここ数日の彼は、タマルデーツをふんだんに取り入れた新作パンに夢中だ。
何にでも合うその魔法のような果実は、加熱時間や成熟具合で味も風味も変化する。
ゆえにどの生地にも、チョコレートやジャム、総菜パンにすら相性抜群であった。
サポートメカに催促し、パクパクと巨大なパンを口へ運ぶ様子は、数メートル離れた場所から確認できる。
というかお互いの顔が近づく事は、互いの肥満によって形成される”肉距離”の影響で、もうどうやっても不可能だ。
同じ超巨大リビングにいながら、通信音声画面を開きっぱなしにしているのが一般的である。
「ぼくも、パン、たーべよっと」
店に並べて売る分が果たして残るのだろうか。
そう思える程彼らの食べっぷりは見事だ。
その体のどこに詰め込んでいるのか不思議なほど。しかも実際に食べている量は見えている物よりはるかに多い。
食材の大部分が『圧縮食材』を利用しており、直径20cm程のハンバーガーを食べたとする。
すると胃に収め消化される頃には、実際は1m程の巨大な物体を食べたのと同等の食事量になってしまうのだ。
さながら全てが水を吸って膨らむ海藻類のように。
「ふぐっ、ぁあん、むぐ、もごもご……んまい、このデーツジャムが、素材をしっかり引き立ててくれて、あむ、あぐ、もぐ、むしゃ」
フラーは感心しながら、サポートメカ達に与えられるパンをしっかりと噛みしめる。
全身だらりと脱力し、その場に座っているのか寝ているのかもわからない姿勢。
地に足はついておらず下半身の肉に乗せる形だ。
「あぁあ〜〜〜ん、はむぅっ、くちゃくちゃ…っぶふぅうううーーーー」
私はこれまでに沢山の物を食べ、舌も十分に肥えていたと思う。
だが、違った。《デーツ》に出会い、共に食すことで更なる味覚が発達したように思える。
かつて研究室で食べていた携帯食から、この地の料理達に出会い感動した。
あの時の状況に似ている。
その『素材』が本来持っている力を引き出された一品を、もっと、もっともっと食べてみたい。
「えぇふっ、むしゃっむじゃ、ぐぶぐぶ、ごぶっごぶぅっ、も、っど、おがわりぃ…!」
飢えているわけではない。空腹なわけではない。ただ純粋にもっと食べたいという根源の欲求が内側から溢れて来る。
「ふらぁせんせい、食べるペースが、はやいですなぁ……」
半ば呆れながらも、主人のダグラスは遠隔操作で釜土の温度調節をしたり、素材に適したパン粉を選択し、焼き上げていく。
作業は続けながらも、自身もモグモグ口を動かしその場から微動だにしない。
「ふふ、わたしも、スープや、サラダをたくさん用意してますから、どんどん召し上がってくださいね」
「おぉ、ぉぉふっ、ぐぷっ、ありが、だい、ズズズ……
むふうーーー、ふぅーーー、やはり、ハリアさんの、つくる、スープはパンに、よく、合います」
サポートメカに、たっぷりと出汁の効いたスープやポタージュにパンを浸してもらい口へ入れて貰う。
幸せな一時だ。
だが、十分ではない。こんなに美味しい、幸せな時間は、どれだけあっても問題ない。多すぎるに越したことは無い。
フラーの頭からは自身の体型の事など完全に抜け落ちていた。これだけ太っていれば、どうせ過去の自分と関連付けれる者はいない。
そんな言い訳を心の片隅に、果てなき欲求のままお代わりを続ける。
「おがわりっ」
「あむ、あぁむぅんっ、はぁっ、はぁ、んま、あむ、おいじ、このデニッシュと、イチゴの果肉入りちょこれぇとが、
絶妙で……」
ふぅふぅ、ぜぇぜぇと息がどんどん荒くなっていく。
頬は紅潮し、莫大なカロリーを取り込んだ体内は次第に熱さを持っていくほどだ。
呼吸の回数の何倍も、パンを平らげる回数の方が多い。
各地の竜たちは、3000tほどの超肉塊竜になってからほぼ体重は横ばいだった。
一日に摂取できる量はどうやっても限られており、そのくせそれだけの巨体はむしろ維持できている方が奇跡に近かった。
だが《タマルデーツ》《カジュールデーツ》の存在によって、その限界は突破されてしまう。
僅かな実の一つですら、膨大な脂質・糖質を蓄えているのだ。まさに古代の史実通り神の果実と言っても差し支えない。
喰えば喰う程、食べる事の魅力を再確認できてしまう。
そのくせ太りやすいものを、それだけばかすか食いつづければどうなるか。
……答えは明白だろう。
ピピピ、ピピピ。と聞きなれた警告音が彼の耳元で響く。
だが日常的な音に彼は反応しない。
『警告します。マスター・フラーの摂取超過を確認しました。食事の配給速度を減少させてください。繰り返します……』
「クフゥウーーーー……ハヒューーーー……ッ!
おが、わりぃい……ムシャモシャムシャモシャ……ガツッグァッツ……!
ぐっぷぅうう、んま、ぁ、ぃっ……ぐぶっ、ゥッ……!ゥグゥウウッ……?!」
長時間、休憩することも無く『お代わり自動化』に身を任せていたフラー。
ただでさえ限界まで肉づいた体は、相当無理をしている。
そんな体型でも床が抜けないのは、特殊な強化素材に陣術による圧力分散がされているためだ。
息がし辛く、途端に苦しくなる。
竜が窒息することは基本的にない。なら、この苦しさは、いったい…?
フラーはうっすらと開けている目で、眼前の状況を見た。
ぶぐっ、ぶよぉっ、と自身の肉と思われる一部が隆起したり波打っている。
無理やり押し込んでいた食べ物が体内で膨れ、かといって押し出される肉量は多すぎて、風船のように膨らめるような量ではなく
このようにだぶんだぶんと揺れ動くのだ。
本来なら腹がパンパンに膨れきって、どこぞの体育教師の食後のように丸みを帯びる……のだが、どうやらそれ以上に食べていたようだ。
「ガッ……ぐぐっ、ぐる、……じひぃ、ヒグッ……ェッ…………ハフゥッ、ハッ、カハ、アッ……!!!」
『サポートレベルを60から70へ移行します。
会話補助プログラム、各種音声ガイド、ショートカットモードを一時機能停止。保護プログラムを起動します』
「ンぉ、ぉオッ、グっ、ぇ…いづのばに、ごん、な゛に゛ なるま、でぇっ、だべっ、だん、だ」
体が熱い。息が、うまくできない。
焦りと共に混乱し、むせた時のように涙が浮かんでくる。
ブヨブヨと全身の肉を揺れ動かし、助けを求める。
だが、サポートメカの補助が無ければ周囲に…『隣に』いるはずのコープ達にすら助けを求める声が出せない。
とはいえそんな状況で最優先で救ってくれるのがサポートメカ達の緊急保護プログラムだ。
即座に大型の浮遊サポートメカのタンクに備え付けられている『アスターゼ草の濃縮抽出液のジュース』を《たっぷり、並々と》注いでくれる。
食べ過ぎ・飲み過ぎに胃腸薬を飲ませてあげるが如く、専用の給水口をフラーに伸ばし流し込む。
どぷっ、どっぷぅうっ、どぷぷっ・・・!
「ふぐっ、ぐぶっっぅ!!!ふむぅううっ、むっ、ふっっ・・・!!!???」
常識で考えれば膨満感で苦しんでいる相手に、何故そのような非道な補助をするのかと思うだろう。
だが、アスターゼ草の役割を考えれば納得できる。
他とは比較にならない『最大限の速度での消化の促進』……ついでに吸収と食欲も増進してしまうが背に腹は変えられない。
「かふっ…!!げふっ……!っぶはぁ、ぁっ!!!
ハァーーーー、ハァーーーー……ハヒィーーーーーーッ……!!!」
じわじわと、全身が先ほどと比べ物にならない熱を帯び、火照っていく。
新陳代謝が凄まじい勢いで進み、目に見えて彼の腹部付近の山が沈み、それと同時に各地の肉がぶよっぶよぉっと溢れて更なる段差や山脈を形成していく。
「はぁ、はぁあ、やっど、おぢづい、だ、みだい、だ……」
ふぅ―……、とようやく一息ついたフラー。
自分でも気づいていなかったが、お代わりを連打する勢いで頼んでいたようだ。
だがそんな事に一切めげないのが彼らだ。そうでなければここまで太らないし、今なお”体積”を増やしたりはしない。
サポートメカの保護レベルを下げ、周囲とのコミュニケーションを再開する。
このような事態は何度か経験しており、疲れはするが慣れている。それに食べ過ぎでお腹一杯で苦しい…なんて、昔からよくある事だしな、うん。
そんな風に自分に言い聞かせ自身の過食や暴食を正当化する。
そんな彼の開口一番が、これだ。
「だぐらす、ざぁ、ん、 お゛ど どい、づぐった、っていう、新作バン、運搬リズドに、登録 じ で も らっで、いい、でずがぁ〜〜?」
ハリア2700t超え。ダグラスが2300t。息子のコープが3100tの大台を超えた頃…
フラーは既に3500tを肥え、停滞していた、体重増加は加速し続けていた……。
〜古代図書館の新たな問題〜
アズライトのラフィティア本島にある古代図書館。
そこの館長であるラハブは、溜め息をつきながら館内のデータ整理をしていた。
「……暇、ですね」
アズライトの竜たちはぶくぶくぶくぶく、それこそ際限なく太り続け
ちらほらと来ていた超肥満竜の客たちもそのうち来なくなってしまった。
許可申請されれば、書籍の内容はデータとして閲覧可能なので自宅からでも利用できる。
だが紙の媒体ならではの感動や、自分で探す楽しみが無いというのは寂しいものだった。
とはいえ肉塊竜がわんさか来た日には、折角陳列されている本棚が倒壊し、完全に整理不可能になってしまうから
それはそれで困るのだが……
「やれやれ」
そう言う彼も、古代竜でありながら世間の平均体重に近くなりつつある肉塊竜だった。
周囲の重傷者たちに比べれば控えめなのは、割と好物がヘルシーなものが多いからだろう。
星の瞳を隠す為、普段は糸目のように細めているのだが
今ではその必要はなく顔の肉で押されてよほど本気を出さなければ目を見開けない程だった。
仕事量は激減し、おかげで読書をしながらのんびりコーヒーやティラミスを嗜む日々だ。
最近はカジュールデーツを使ったフルーツドリンクが妙に癖になって、好物になりそうだったが。
「むぐむぐ、時間が空いてしまうのは一日が少々、長く感じてしまいますね……」
暇をつぶすのに、やはり最適なのは舌を満足させ続ける事。
ながら作業が出来るし、甘いケーキと苦いコーヒーの相性は抜群だ。
そんな中で、ずず、ずずずと肉が引きずられる肉塊竜独特の足音ならぬ引き摺り音が聞こえてきた。
とはいえ耳を澄まさなくてもサポートメカが周囲の状況などを細かく表示してくれるのだが。
「おや、来客とは珍しい」
「ぜぇ、ぜぇ、こんにちは、ラハブさん……ふぅーつかれ、たぁ」
陣術、サポートメカ最大限の補助を受けながら、ぶよぶよの肉が挨拶をしてくる。
レナスだ。 ラハブと同様”太りにくい”体質の古代竜。
勤勉で、読書も好きな彼は図書館に来る回数は多い。それでも久しぶりの来客だった。
「お久しぶりです」
「はい、ちょっと、ここに来るまでの道のりが大分変わっちゃって……えへへ」
少し恥ずかしそうに頬を染めるレナス。
以前利用できた乗り物が使用不可能になったり、各地の増築が多すぎて封鎖された道路が複数あったのだ。
そして何よりレナス自身、かつての何倍も横幅が広がっているおかげで、ここに来るまで手間取ったという理由がある。
「今日は久々に、静かに過ごしたいと思って」
「ええ、いつでも歓迎しますよ。 そうだ、美味しい紅茶が入ったんです。
確か、カジュールデーツのエキスを抽出したもので、良い風味なんですが、どうです?」
「ありがとうございます、調べ物をしながら、頂きますね」
図書館は普通、飲食禁止なのだが
本の表面に保護プロテクトがかけられており、水をかけようが濡れる事は無い。
静寂の中、彼らが本のページをめくる音、サポートメカが常に活動する音
そして、間食をする音だけが図書館内に響き渡る。
このまま平穏に一日が終わると思ったのだが……
「あれ、レナスじゃん!」「ほんとだー」「お邪魔します」
彼の同級生の超肥満トリオ、リガウ、コープ、オーエンががやってくる。
互いの肉同士が絡み合うぐらい、密集した群生生物を思わせる太りっぷり。
こうして同年代の子が並ぶと贅肉にまみれたレナスでさえ、やはり控えめに思えた。
「わっ、みんなどうしたの?」
「いや〜長い事外出してなかったからよ〜、どっか遊びに行こうぜって事で」
「でも、どこも混みっぷりが凄いんだよー。でも、図書館なら穴場かなって思って」
「予想してたより、空いてて助かりました」
ガラガラだった図書館の入り口付近が、一気に密集地帯となる。
複雑な心境になりつつもラハブは彼らを歓迎した。
持ち込んだジャンクフードやお菓子を食べまくり、やたら挿絵の多い本を検索して読んだり、雑談したり
図書館ではもう少し静かにしてほしいんだけど……
そう思ったが、他にお客さんはいないし、構わないか。
「一部の部屋を整理して、飲食専用の休憩施設も準備しておこうかなぁ」
そんな風に考えるラハブだが、子供4人でこのお肉の密集率……
「うん、止めておこう」
冷静な判断をしながら、みんなにカジュールデーツの紅茶と新発売のフルーツドーナッツを振舞うのだった。
「お、向こうのコーナーにベクタオススメ料理ってのがあるみたいだな」
「わっ、ちょっとリガウ押さないでよ、どっちみち、手を伸ばしたことろで届かないんだか、ら、うわぁああっ」
ドサドサ、バラバラと大量に崩れ落ちる本の数々。
本は肉の隙間に埋もれたり、床に散らばったり、更に肉に覆いかぶされたり……
「うわわ、す、すいませんっ」
「………いえ、でも、ちゃんと片付けてくれますよね…?」
「(…あ、うっすら目が開いてる……)」
ニッコリと笑うラハブだが、なにやら不穏な空気を感じたリガウたちは大人しく片づけをするのだった……
とはいえ、全部サポートメカ達に実行させ、自分たちは簡単な操作だけだが。
――――
「やれやれ、騒がしい一日でした……」
でも、たまにはこんな日があってもいいのかもしれないな。
クスッと小さく笑い、再びカジュールデーツの紅茶を飲み干す。
久々に忙しかったせいか、妙に小腹が空いたな……他に、食べるものあったっけ。
各地で、デーツの余波は広がっていた。
竜たちの底知れぬ食欲は膨れ上がり、肉体の成長は留まる事を知らない……
〜スイーツフェスティバル〜
その日、各地の女性たちは戦士となる。
世界各国のパティシエたちが集いし祭典……ワールドスイーツフェスティバル、通称WSF。
毎年行われているイベントではあるのだが、今回は自分も美味い新作スイーツが食べたい、と会場を提供したナイル=フィガロというスポンサーがいたおかげで
今までに無い規模での開催となったためだ。
その会場にやってきた、女生徒のひとり、トルナは会場の熱気に早くも飲み込まれそうになっていた。
というか、どの女性たちも当然ながら重度の肉塊竜であり、彼女たちの肉が自身の端肉に乗ったり、逆に知らず知らず乗ったりしているような現状だ。
相変わらずの密集状態。この世界の住民が外出して集まろうものなら、すぐさまこうなってしまう。
「私の食べる分、残るのかなぁ……」
少し不安になる。
遠くの方で、妙に盛り上がった小山が見えた。 あれは、配色的に……多分、ナイルさんだろう。
どうやってあそこまで太ったんだろう? と、足元どころか自分の手足すら満足に見られないトルナは他人事のように思った。
ナイルさんの挨拶が終わり、いよいよWSFが開催された。
地上は多くの竜達の「肉体」に埋めつくされているため、販売店や調理場は空に浮かぶ数多の飛空艇だ。
そこから、注文した品が次々とサポートメカ達によって運ばれてくる。
「う〜ん、どれも美味しそう…」
目の前に表示されるウィンドウ画面には、たっぷりとクリームが塗られた苺のケーキや、濃厚なミルクから作られたケーキ……
1ページ内に何十種類も表示されており、その画面が何ページにもわたって切り替え出来た。
「うーーん、それじゃあ最初はチョコレートショートケーキでしょう。
次にビュッシュ・ド・ノエルもいいなぁ…」
早速頼むと、ショートケーキという名の1ホールケーキが運ばれる。名前詐欺のように感じられるが、
この地の現在の1ホールケーキは4段重ねが基本であり、その1段分の長さがショートだからという理由でショートケーキ扱いされている。
1つ3800キロカロリーはあるそのケーキをぺろりと平らげ、続いて丸太の形をしたココアクリームを特大のロールケーキに塗ったそれを口に頬張る。
「んむ、んむ、ん〜〜〜っ、おいしい……!!」
ニッコリとした笑顔になり、次々と注文し始める。
女の子らしい仕草を見せながら、その姿はフードファイター並の豪快な食欲だった。
口直しにレモンティーを1ガロン分飲み干すと、今度はババロアケーキ、カスタードケーキがたっぷり盛られたビスキュイのロールケーキも食べていく。
「あ〜〜んっ」 「あむっ」 「はむっ!!」
頬っぺたにクリームをつけたまま、次から次へと他所の世界の女性がもし聞いたら卒倒してしまいそうなぐらいの莫大なカロリーを摂取する。
2890、3210、5210、1190、2278。
数万キロカロリーを短時間で平らげるトルナだが、まだまだこれからが本番だ。
今の彼女にとってはメインのデザートを食べる前に、軽く一口サイズのチョコをつまんだ程度の間隔だ。
ぜんぜんお腹は満たされていないし、むしろ食欲は次第に増えてきた。
「流石、世界に名だたるパティシエたちの作品よねー……」
しかも、驚くべき事だがこれらは無料で振る舞われる。
パティシエたちが腕を競い合う大会でもあるので、食べられた量が多い程に腕前が認められるという具合だ。
上位の入賞者には賞金も送られる。 ちなみに、パティシエたちも当然ながら調理場に立ってどうこうできる体型じゃあない。
陣術と機械による遠隔操作で、繊細な動きを求められる。
それでもやはり全自動化とはわけが違い、手作り(?)のスイーツ達は好まれた。
「はぁ、とっても、おいしい……」
「あれ? トルナちゃんも来ていたんだ」
ポン、という軽快な音が聞こえ音声チャットが届くと同時に、見知った顔が画面の脇に表示される。
声の主は、自分の学校の美人教師として有名なアネイル先生とロックブーケ先生だった。
「お、トルナってばうまそうなパウンドケーキ食べてるみたいじゃない、私も食べようっと」
しかし通話は出来ても、先生たちの姿は視認できない。
なぜなら、まともに方向転換することも難しいからだ。
それは周囲があまりにも重度の肉塊竜の贅肉で溢れてるのもあるし……トルナ自身、その動作をするだけで複数のサポートと陣術を展開する必要がある。
その分、ケーキやスイーツを食べる時間が減ってしまう。
という理由から、彼女たちはこうしてテレビ通話で済ませてしまうのだ。
「先生たちも、来てたんですね」
「ダンターグ先生も、来てたみたい。ただ、自力で来れないからワグナス先生が推すのを手伝ったりしたって聞いたよ」
「あははは、ワグナス先生も大変だ……」
確か、噂ではもうダンターグ先生は4200t以上になってるって話を聞いたことがある。
複数のサポートメカ(最近は全員、過去の物より強化型になっている)の設定を強にしてようやく日常生活が出来る状態だろう。
私も食べ過ぎには注意しなくっちゃ……って、頭ではわかってるんだけど。
「で、でも、今日は特別な日だし……
いっ、一日だけならいいよね!うん……!」
自分に言い聞かせる。
ピンクと乳白色の肌はあちこち波打ち、段々になっている。彼女はまだ自分の体重が2000t程度だろうと思っていたが、もうとっくに2600t級になっていた。
常にサポートメカの陣術やプログラムが更新され続け、生活がたいして苦も無く続けれるから実感が無かったのだ。
「この日の為にダイエットしたし、今日は山ほど食うぞーっ」
ロックブーケは張り切って注文しているようだ。
「……私もまだ育ち盛りだし、ちょっとぐらい多くても……」
何度も自分に言い聞かせるように小声でつぶやく。
パイナップルのチーズブレッド、クランベリーのパウンドケーキ。
「あ、ロックブーケ見て見て、いちごとヨーグルトのタルト盛り合わせなんてのもあるみたい」
「えっ、なにそれ私も食べたい!頼んでおこうっと」
ムシャムシャ、もぐもぐ
パクパク、ゴクゴク
「わぁ、先生このハーブティーのゼリーってさっぱりしてとっても美味しいですよ」
「本当だ。ん、向こうの方も人気あるみたい……あれってダンターグ先生かな?
凄い量のサポートメカが往復してる……」
「遠くてちょっとわからないけど、そうみたいですね。
注文履歴で色々見てみようっと……あ、この『カジュールデーツ生クリームのシューケーキ』ってのが人気みたいです」
「メートルアグの実とダークチェリーのムースだってっ」
あれも食べよう、これも食べよう。きゃっきゃと女性人達はスイーツを注文していく。
ご飯じゃないから、どれだけ食べても別腹とでも言わんばかり。今日は特別な日だから、大丈夫。
どんどん食べていく。自分が食べた量も把握せず、次々と…………何度も、何個も、何十個も、何百個も……
数時間後
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、ふぅ、なんだろう、熱くなってきちゃった、ふぅ、食べ過ぎちゃったかな?」
それに妙に息苦しい。そういえば、まだ※スタッシュを飲んでなかったんだっけ。
(※アスターゼ草の抽出液を混ぜた炭酸スポーツ飲料)
「んくっ、グビ…グビ………っぷはぁ」
じんわりと体の奥底が熱くなってくる。 ぶぐっ、ぶよぉっと知らず知らず代謝が上がり彼女の体が蓄えた分を肉に変換していく。
同時に食欲が甦る。あぁ、そうだ、もっと、食べなくちゃ、まだ食べてないの、たくさんあるし……
アスターゼ草、メートルアグ、カジュールデーツという悪魔的組み合わせを彼女たちは惜しみなくその身に入れていく。
野菜を使ったデザートなら体にいいし、サラダみたいなものよね、という謎の理屈でさらに甘いものを食べては太っていく。
地面は彼女たちの肉で隙間なく埋められ、周囲の建物にもどんどん食い込んでいく。
確かに、これは地上で店や調理場を用意しては収まりきらないだろう。
おいしい、お代わり、もっと、もっと……
「づ、づぎは、えっど、レモンリンドの、エンジェルケーキど、ふぅふぅ、マドレーヌも5個、あど、ぞれがらぁ……」
次第に声が野太く肥満者特有の変化になっていく。急激な体重増加にサポート機能が追いついてない証明だ。
「はぁっ、はぁ、んっ、んぐっ、んぐっ……
ミルクティーのおがわり、おねがい……」
アネイルやロックブーケのような美人教師は体型こそ凄まじいが、
ハァ、ハァと必死に酸素を求めるて喘ぐように呼吸をする様は、どこか艶やかで、少しばかりいる男性客の心を掴んでいた。
ミシッ、ビシビシと音がして何事かと思うとどうやら旧時代(というほど古くない)に設置されていた小人用と思える程小さなベンチを私が押しつぶしていたようだ。
申し訳ないと思いつつ、割と日常的な事なのですぐにデザートの追加注文をする。
肉塊竜で溢れかえる前の体型の竜達が使用していた公共物は、すでに無いものとして扱われているのだ。
いちいち撤去するのも面倒なので、壊れた時は残骸の自動回収メカが勝手に掃除してくれる。
「ふぅふぅ、むしゃもぐ、むしゃもぐ、えふっ、はぁ、ふぅ、ええど、このぺぇじの、ケーキはごれで、ぜんぶだべぎっだ、し、
ん、んんっ、はぁ、はぁ……づぎの、悩むなぁ」
目移りしてしまう。再びスタッシュをグビリと飲み干し、追加注文。
ぶよぶよと肉が波打つ。
また1ページを全部食べきっちゃった。 流石に食べ過ぎちゃったかな……?
でも、なんだかまだ腹八分目ぐらいなのよね。
今日の機会を逃したら次はいつか分からないし… いいやっ、食べちゃえっ!!
===
その頃、ダンターグはと言うと……
「なぁ、ダンターグ。そろそろ、帰らないか? もう夕方になってしまうぞ……
甘くない物も、そろそろ食べたいんだが……げぇっふ!」
付き添いのワグナスもなんだかんだで、相当量食べており、腹はいつにもましてパンパンだった。
流石に女性陣と違ってスイーツだけで5時間も6時間も費やすのは酷というものだ。
それに、帰りに彼女の帰宅を手伝う事を考えると、無理できない。
「ハァ……ハァ…んぐっ、あむ、むしゃもぐ、あむ、はむ、むちゃもちゃパクパク、まっで、あど、もうぢょっど、だげ、…ッンフゥ」
「…はぁ、来た時より更に重そうな……」
「え? 何が、いっだがじら……?」
「いや、何でも……とほほ」
満足に身動きが取れないとはいえ、怒ると彼女は全体重をかけて圧し掛かりする事もある。
ワグナスの全身を呑み込む……は言いすぎだが、大変なことになるので彼は大人しく妻の暴飲暴食を見守り続けた。
「のどが、がわいぢゃっだわ……ね、あなだ、おねがい」
甘えるように、上目づかいで通話チャットを続けるダンターグ。
その顔は肉が付きすぎて表情の変化は微々たるものだ。
「ああ、わかったよ全く……明日からは少し摂生せんとな」
「わがっでるっでばぁ、も〜」
なんだかんだ言いながら、ワグナスは自分用のサポートメカの数台を彼女の補助に回し
無料で配布されているドリンクをコネクターに連結させ、彼女の口元へ。
おかげでダンターグは交互に大量のデザートを食べながら、カジュールデーツや果実の飲料をがぶ飲みし続けれるように”なってしまった”
ぶくぶく、ぶくぶくとその後さらに1時間もの間太り続ける肉塊竜。
妻は…いや、夫すら油断していた。
彼女たちの、このスイーツに対する執念じみた、食欲とは別の何かおそろしいものの正体に。
「ヒューー………クヒュゥーーーー……だっ……たべ ……ずぎ……、 じゃ……っだ、わ゛……
息……苦じ……ぃ゛…フゥ、ハァ、ァッ……、ンゥウ……」
「ほら、もう行くぞ? 全く、いったいどれだけ食べたんだか……」
呆れながら、ワグナスがズズズ、ズズズ……と巨体を引きずり妻の元へ。
ぶにゅりとした彼女の肉を追いやり自分の巨腹を利用し押していく……
の、つもりなのだが。ビクともしない。
「ふぐっ、むぅっ、ぬっ、ぜんぜん、うごか、な、おもっ、おもすぎるっ!!」
「な゛、な゛に゛よ゛ぉ゛、いぢにぢで、ぞんなに、ふどるわげ、ない、じゃないっ、はぁ、ふぅ、
あなだも、ふどっだんじゃ、ない、のぉ……?」
「いや、こ、このおもさは、規格外,だっ、グヌヌ…ぐぉおおお・・・・!!!!」
だが、わずか1mもダンターグは動かない。
ハッとして、ワグナスは手元のコントロールパネルを操作し、現在地の状況を俯瞰映像で映し出した。
「な、なんだ、これ、はっ」
そこに映し出されていたのは………
今朝来ていた限界近くまで既に太っていたはずの竜達が、更に激太りしていた姿。
互いの肉と言う肉が絡み合うように重なり合い、1m以上の肉の段が互いの贅肉の歪んだ隙間に捻じ込まれている。
ぶよぶよぐにょぐにょの肉塊が、別の肉塊に……
そんな、まさか、ここは屋外だぞっ…!?
ワグナスが嫌な予感を覚えると同時に、警告音が鳴り響く。
局地的に密集した超重量や、短期間での急激な増量に複数のサポートメカがエラーを起こし暴走や停止……
大部分の肉塊竜が完全に身動き取れない状態に陥ってしまった。
「う゛わ゛ぁ゛、あ゛」
「ぜ、狭゛ い゛ ぃ゛ ぃ゛」
「ぐふぅううう、んふぅううううう、な、なにが、おぎだんだあああ??」
「や、やだ、うごけ、なぃ、んっ、あぁ、もぉ、どうじ、でぇっ」
それでも気にせずデザートを食べるマイペースなツワモノもいたが、場は大混乱……というか、大密集状態だった。
「ふぅふぅ、あねいる、あんだ、だいじょぶ……?
こういうてんは、ちょっと、ふべん、よねぇ」
「わ、わだじは、なんどが、はぁ、ふぅ、はぁ、んんっ、だめ、うごげ、ない」
そしてトルナもある意味大ピンチだった。
四方を身動き取れない肉塊竜に取り囲まれ、自重で苦しいのに周囲からの強い圧迫で胸が苦しいわ…そして何より
「(まだ、食べたかったケーキ全部食べられてないのに……!!)」
結局、その日は一旦WSFは中止となり、翌週に再開されることになったのだった。
ナイルの計らいで、非対象者設定のサポートメカ(緊急時に誰のサポートも展開してくれる)を200台常に待機させ
快適なスイーツフェスティバルが開催された。
前回食べきれなかった分、もっと食べようと意気込んだトルナは…… 体重が3000tを超える女生徒らしからぬ超重度肉塊竜になってしまうのだった。
ちなみにアネイルは3100t。ロックブーケはそれより少し重い3250tなのだが……気軽に体重を調べられない彼女たちが自分の本当の重さを知る由は無かった。
〜 肉 極 竜 〜
機械と陣術(マティクス)により繁栄を続ける街。
高度に発達した機器は、陣術と組み合わせる事により理術(オラトリウム)の領域にまで昇華する。
自重を緩和するのは一種の重力制御だし、空間転移こそまだ一般化していないが自分は一切動かず好きな国の、好きな料理を食べたり、
ヴァーチャルの世界で様々な交流や体験が出来ているのも事実だ。
世界中の竜達の労働力がほぼ不要になり、陣術回路の式さえ与えれば世界に存在するあらゆる事象がエネルギーの代替として命令が実行される。
堕落の極みとも言えるが、逆に精神に余裕が出来た彼らは新たなアイディアを生み出したり、
アーティファクト(永久機関)に届きそうな程の食料品生産ラインを確立させた。
肉塊竜達の、かつての数十倍とも言われる食欲がその領域まで到達させた。
おかげで食糧が不足する大地と言うのはこの世から無くなったと言っても過言ではない。
竜達の外出や仕事は次第に減っていく。
教師も生徒も体型のせいでどれだけ改築しても追いつけず、学校は形だけの存在となっている。
通信教育の影響で、生徒たちの学力が低下するのでは? と危惧する声があった。
実際には、学力は低下どころか上昇する傾向にあった。
常に食事を摂り続けストレスなく授業を受ける子竜達は、以前のように昼ご飯前や帰宅前に集中力が途切れる事がなくなったからだ。
とはいえ、四六時中、圧縮食材をひたすら複数の機械に食べさせて貰うフォアグラ状態なのだから、肥えるわ肥えるわ。
大半の生徒たちは、もう大人の竜と大差ないほどの肉量になってしまい
その大人は大人で、ますます太ってあちこちの家で窓や壁が倒壊し肉がはみ出ている状態だ。
--マージベーカリーにて--
「みんな、朝ごはん出来たわよ〜」
指定した食材を巨大な鍋にて煮込んだポトフや、特性サンドイッチ。圧縮食材を利用しているため、実際には見た目の数倍のボリュームだ。
ニコニコしながら、全員のチャットに連絡を飛ばす。リビングという概念は無くなり、
各々が部屋にこもった状態で、サポートメカが持ってくる料理に対して口を開く。
もはやスプーンやフォークといった食器類は意味を持たないのだ。
フラーやダグラスはまだ眠いのか寝惚けた表情のまま、次々と運ばれる特大サンドイッチを飲み込んでいく。
特にフラーは昔と違って出勤の必要がないため、ますますだらけた生活を送るようになっている。
部屋いっぱいに広がった自身の肉に埋もれながらも、痩せようという思いは無い。
もし監査が入り、現状の自分を知られたら……という危機感すら消え失せていた。
もっとも、何百倍にも太った原形を留めぬ体に、低くなった声では誰もその正体に気づけないだろう。
仮に名前を明かそうが同姓同名で済まされるに違いない。
すっかりルーナの環境に毒され、堕落の象徴とも言える重度の肉塊竜になってしまった彼ら。
これ以上太る事の出来ないとも思える限界値すら超え、ぶくぶくぶよぶよ増量を続ける。
「なんだか゛ まぁた部屋が狭くなっだような……」
いつもの事だ。気にする事でもない、それよりハリアさんが作ってくれたベーコンエッグとフレンチトーストのバニラシュガーがけを堪能しなくては。
お代わり、もっと、もっとお代わり。
当初は抵抗のあったアスターゼ草やメートルアグの料理も、最高カロリーを誇るデーツと組み合わせて平らげていく。
たっぷりと塩とケチャップのついたフライドポテトを15kg分平らげ、3ガロンのシェイクもがぶがぶ飲みつづける。
どれだけ食おうが体に吸収され続けるおかげで腹がパンクする事も無く、(本来の世界の)何百人前だろうが食べ続けられる。
フラー専用の部屋は、いつものようにフラー自身で埋め尽くされている。
特殊な軟質構造の天井や壁が湾曲し、いつ倒壊してもおかしくない。
肉の隙間に入り込んだ食べカスは即座に自動掃除機器が綺麗に取り除き、水拭きまでしてくれる。
除菌、滅菌スプレーが定期的に体の各部位にかけられ、全身清潔に保っている。
銭湯にも行ったりするが、数百メートル四方の湯船に、2、3匹の竜が入るだけでお湯が溢れかえってしまう。
水不足の地域から文句が来そうなほどの贅沢の為、溢れたお湯も濾過して再利用している。
部屋内で行き場を無くした肉同士がギチギチと音を出しながら擦れ、盛り上がっていく。
「ぶふぅーーー、あ、あづい……」
絶えず取り込んだ食べ物を吸収し、蓄積している影響で体が火照っている。
そのうえ余分なミートテックを着ている物だから、平均気温でも真夏のような暑さだ。
カジュールデーツのパインミックスドリンクをがぶ飲みする。
食べる事と飲むことをひたすら繰り返す。
合間に授業をし…、否、授業中も飲み食いは止めない。
自分が空腹なのか満腹なのかも定かではない、
どこか虚ろな表情でフラーは呼吸をするぐらいの無意識さでサポートメカに全てを任せた。
こんな日々がずっと続くと思いながら。
昨日も今日も明日も、仕事は、作業は変わらない。
唯一の変化は、陣術とサポートメカの補助が増え続ける事。
そして傍目には大差ない肉体の『体積』が増え続けている事実だった。
平均体重がさらに増え、フラーの体重が5000tを超える頃……
彼らが居住する島、ラフィティア本島にはある変化が起き始めていた。
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メガフロート・ファーブニル。ラフィティア本島に浮かぶ人工島の街の高台に、コープ達が住むマージベーカリーはある。
部屋いっぱいに太った体の子供は、いつものようによく食べ、よく眠り、よくバーチャル空間内で遊んでいた。
周囲との交流は続いているおかげで、自分自身が引きこもり生活を続けているという自覚は無い。
消費カロリーは基礎代謝のみとなり、脂肪は消費されず溜まり続ける一方。
クーラーの温度をさらに下げ、熱さをしのぐ。
一時期は自分が太っているという意識があったが、今は体型そのものに興味が無くなっていた。
腕や脚、尻尾を動かす必要が無い。姿勢を変える必要もない。
でも、仮想現実ではスポーツだってしてるし、みんなとはテレビチャットで会える。
おいしいものを好きなだけ食べて、数十トン、数百トン、数千トンに太っていっても、
困る事は無かった。
生活に支障が出ない、それこそが彼らの堕落に歯止めを利かなくしている。
定期的に部屋を破壊し、自身の肉で家すら倒壊させる。でも困らない。
すぐに建て直しや補強がされるからだ。
だが異常な蓄積は、個人の問題では済まされなくなっていた。
【人工島】であるメガフロートはその名の通り海上に浮かぶ島だ。
本来の陸地ではなく、人工的に土砂等で平らにした埋立地の上に街を作ったため、その地盤は本来の陸地より脆い。
ある日の昼食時。眼前に浮かぶ電子ニュースを読みながら、たっぷりバターを塗ったチャパタやクロワッサンを食べるダグラス。
「ふーむ、近頃この地域の海面が上昇してるそうだ」
「潮の関係……ではなさそうですなぁ、ムシャムシャ」
「海面が上昇してるのではなく、島が沈んでるのでは……?むぐむぐ、ぐびぐび」
「まぁ、それは大変ねぇ、モグモグ」
危機感を感じないマージ家の面々。
平和ボケしているのもそうだし、自力で移動できないからどうしようもない、という思いもある。
何より、生活面のありとあらゆる出来事をサポートして貰っている彼らは
誰かが、周囲が何とかしてくれるだろうという甘い考えが体に染みついてしまっていた。
数日後…
海辺に住んでいた住民は、海面上昇が顕著の為高台の方に引っ越すようになった。
だが事態は何も解決しない。ますます重量が一点集中したせいで、島は更に沈んでいく。
中には流石に他所へ引っ越す者もあらわれはじめたが、非常にゆっくりとしたペースだ。
それより気になるのは今日の朝食や昼食や夕食だ。
教授という職務まで上り詰めたエリートの白い肉の塊の関心ごとも、ハリアの手料理やダグラスが焼くパンの事ばかり。
わずかな期間でまた100t近く増量し、部屋いっぱいの肉体を微動だにさせず飯を食い続けるばかり。
「んん……なんだ、方向転換が、できないぞ…また太っでじまっだかな……?」
ニュースや警報ではこの島から移動するよう勧告が出ている。
「ぁ゛〜 そろそろワシらも いどう しはじめないどなぁモグモグ」
「そおねぇ、おべんとうとか つくっておいだほうが、いいかしらぁパクパク」
のほほんと食事を続けるマージ家。
「さっきから警報がうるさいなぁ、食事にしゅうちゅうできないよ、ムシャムシャ」
すでに島の一部は沈み始めており、外に出ればすぐさま異常事態に気づけただろう。
ぶぐっ、ぶよっ、と圧縮食材の超カロリー料理を貪る体はまだ太り続ける。
部屋が肉で埋もれサポートメカも数台破壊される。
それでもみんな食べる事を止めない。
床下が浸水し始め、
ようやく事の重大さに気づいた。もう僅かな時間も残されていなかったのだと。
「うわ、ぁっ、た、大変だぁ」
慌てふためくフラーだが、部屋一杯に詰まった肉体は外へ出ることが出来ない。
動悸が激しくなり、まともに呼吸が出来ない。
他のみんなはどんな状況なのか知る事も出来ず、フラーはごぶごぶと海水を飲み……
そのまま意識を失ってしまった。
島は、本当に沈んでしまった。
住民は無事に救出されたが、家屋や機材は全滅。
太り過ぎで住居が倒壊するのは珍しくなかったが、住んでいる島ごと倒壊させてしまったのはルーナ史上でも初めてだろう。
我が家を失い、築き上げてきた物がなくなる。
そんな状況で、彼らは絶望し…なかった。
8日後
ベクタ大陸にて
「よぉし、それじゃあ今日の授業を、始めるぞぉ」
ムシャモグと魚介のムニエルや、デミグラスハンバーグを貪りながらフラーが画面越しに授業開始の合図をする。
メガフロート・ファーブニルが、酷い現状で住めたものではない為
住んでいた者達は全員大陸の面積に余裕のあるベクタ大陸へ引っ越していた。
もとから授業は通信教育と化していたので、以前からそのまま継続してそのまま続いている。
「えー、であるからして、この数式はそれほど難しく考える必要はなくて、もぐもぐ
(それにしても、最近みょーに体が重いなぁ…気のせいだろうか」
ベクタ大陸はアズライト諸島ほど複数台でサポートするという環境が普及していなかった。
それゆえに、メガフロートの住民の移住と共に便利性に気づいた現地の肉塊竜は恐るべき速度で太り始めてしまった。
彼らが太ればそれだけ周囲も再び連鎖して肥満していく。
「あー、腹減ったなぁ」「もっと追加しなくっちゃ」「お代わりまだかなぁ〜〜」
住民たちはぶくぶくと肥え続ける。 摂取可能なカロリーに、制限など無い。
時間も、量も、
陣術と技術がカバーしてくれる。 なにより彼らの根底に根付く食欲は……無限大だった。
〜続く〜
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