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超密集地帯

28、〜超絶アネイルのリバウンド(後編)

〜ダイエット開始〜


ワグナス先生と会う約束をした。


画面だけの通話越しだと、やはりどうしても本格的なダイエットというのは難しいようで。





……のはいいけど、


「合流地点まで、行くのが、こんなに大変だなんて……;」


自分の太り具合は自覚したつもりでいたが、ちょっと移動するだけで補助を最大限に使わないといけない。


休憩して、ちょっと動いて、休憩して、またなんとか動いて……

彼女の質量を動かすのは、それだけで莫大なエネルギー量が必要だ。

機械、術、そしてカロリーが。

消費した分を取り戻そうと、より強い食欲が全身を巡る。


山のようなスイーツを取り込みながら、アネイルは向かう。……とりあえず1日で目的地には付けそうにない。







配信での授業をこなしながら、アネイルはせっせと移動を続けた。


「はぁ、はぁ、どれぐらい、進んだかしら……」


地図アプリで確認したが、目的地までの行程を2割程度しか進めていない。


「えぇっ? おかしいな、私けっこう歩いたと思うんだけど」


モグモグとかぼちゃタルトケーキを食べつつ、また休憩。


ちょっと動いてはケーキと紅茶で一服。 動かないにもほどがあるペースで彼女は合流地点まで進んでいく。

誰かの肉を押しのけ、踏みつけ、脇腹で押しつぶし。



ズズズ…ズズズズ……


動かざること山のごとし、という言葉があるが

この山は動く。そのうえ喋るし、物を食うし、しかも太って更にデカくなり続けるのだから末恐ろしい。


ダイエットを本格的に始めるつもりなのに、アネイルはじわじわと増量しながら

途中に広告で紹介された新作スイーツも注文しながら




やっと到着……しなかった。



「あんまり遅いから迎えに来ましたよ……」

「す、すみません」


ワグナスの方が待ちきれずに、やってくる。

というのも、会う約束をしてから1週間が経過していた。


移動した距離の比率は2:8ぐらいだろうか。


位置情報はアプリで地図に表示出来るので、問題なかった。

あとアネイル自身、周囲の肉塊に比べかなりの大きさで途中からすぐに存在に気づけたのも大きい。


しかしこうやって対峙してみて、アネイルもあることに気づく。

「……ワグナス先生って、結構太りました?」

「うぐっ」


前は、もっと引き締まって(?)むっちりパンパンな印象を持ってたけど

今の彼は酷くブヨブヨのだらしない体に見える。

テレビ電話での通信時にはほぼ顔しか映らず、全体像が分からないというのもあったけれど


「授業中や、生徒がいる時には結構しぼってまして……ははは」


なんだか申し訳なさそうに苦笑いするワグナス先生。

どうやらいつもはサポートメカの性能をフル活用し、体型をなんとか『それらしく』維持しているのだが


普段は、御覧のありさま……というかそこら中にいる肉の山脈ともいうべき肉塊竜だ。


「……」


会話中も、彼専用のシェルプラントから複数の料理が彼の口へ運ばれている。


大丈夫なのかな、と少しだけ不安になるアネイル。

そんな彼女の様子に気づいたのか、慌ててフォローをするワグナス。


「あ、ああ、でも、安心してください!
教師陣の中では、私が大分痩せている方ですので!!」


この時のワグナスの体重は2万2500t。

アネイルがすでに3万tを突破しているのを考えれば痩せている……のかもしれないが

それはあくまで比較での話。 世間一般の平均体重を大幅にオーバーしている彼は、肉塊竜界でも立派なデブではある。



「コホン、気を取り直して……それではアネイル先生は、ダイエットを本格的に始めたい、
ということでよろしかったんですよね?」


「えぇ、生活に不便な事はあまりないんですが……」


術と機械にフルサポートされて言う台詞ではない。

もし全ての補助を切れば、今の彼女は身動き一つとれず

手足をばたつかせることはおろか、首を傾けたり曲げることすら厳しいだろう。

まるで金縛りにあったかのように、目線だけ動き、周囲で何が起こっているのかも理解できない。


視界の大部分が自身の肉によって埋め尽くされ、助けを呼ぶ声を上げる事さえ……



しかし、そんなことにならないよう、あらゆる相互補助がされており

たとえ全てのサポートがオフになってもすぐに緊急用の補助サポーターがくるし、

なんなら近くにいる肉塊竜が何台か貸してくれる。


肥満慣れ、というか この地の竜達はすでにだいぶ危機感が欠如していた。


だからアネイルとしても、他より太ってしまったから、少し落ち着きたい……程度の甘い考えで。


本気でダイエットしたい、という思いはそこまで強くなかった。


「ダイエットをするなら、まずはやはり食事制限と運動ですな。
スケジュールの方を見せてもらっても?」


「え、えぇ……」


食事を要求した情報は、ログとして残っている。

こうしてウィンドウに表示させて見られると……かなりの量で、ちょっと恥ずかしい。



「うーむ……(私の3倍ぐらい食べてるなぁ……とういうか、妻より多い……)」

肉塊のワグナスをして、今のアネイルはわずかに見上げなければいけない。


とりあえず、惰性で無意識レベルで食べ続ける癖があるようなので、メリハリをつけるよう指導することに。



「食事の時間をだいたい決めて、あとは……やっぱり運動量があまり無い感じがしますな;」


「ぅ……すみません、まともに歩いた(?)のも久々で……」


「筋力が衰えてると、基礎代謝の消費エネルギーも少なくなりますからね。
とはいえ……」


とはいえ、だ。今のアネイルは普通に食事してるだけでも自然に痩せ落ちるはず。

よっぽど食べ過ぎているのだろう。


例えばリガウやシュメルツのように食うときにどかっと食うのではなく、休まずずっと食べ続けているので

結果として彼ら以上に、ワグナス以上に食べ過ぎて、ここまで太り続けることになったのだ。




「ちなみに、移動時のサポート補助率はどれぐらいで?」

「えと、その……ひゃ、100%です……」


それは言い換えれば補助なしでは完全に移動が不可能という事。

いや、ワグナスもそれは同じなのだが、頑張ればゆっくりとだが移動はできる。


「うーむ急激な運動は厳しそうですな……となるとやはり食事制限からになりますが…」




===




「はぁ、はぁ、わ、ワグナス先生、まだ、ですか……」


「もう少し待ってください。まだ時間になってませんので」


「ぅう、な、長いですね……」


「……アネイル先生? まだ1時間も経ってませんよ?」


「わ、わかってますけど……ってそうなんですか!?
体感的に、もう半日は立ってるぐらいお腹減ってきましたけど……」


「これは、思った以上に厳しそうですね……
断食は厳しいでしょうし、食事制限は最低限にして、カロリーの低いものに切り替えていきましょうか」


「は、はい。お願いします」


好きなものばかり食べてきたツケがまわってきたのだろうか。

最近、何を食べても一緒だろうと思ってカロリーなんかちっとも気にしてなかった。




とりあえず、食べる量は変えずに、極力カロリーの低い物……

という事で、こんにゃくゼリーや、春雨スープ。

豆腐ハンバーグに、チアシードのドリンク。


「そうそう、リゾットもおススメですよ。白米より低カロリーで、食べた後水分で膨らむから満足度も高いです」


「へーもぐもぐ、そうなんですねー」


さすが、奥さんのダイエットを成功させたワグナス先生。

肥満生徒に指導する知識があるだけあって、食べ物のカロリーにも詳しいようだ。





それから数日後……



「え、あれだけ食べたのに体重が減ってる……凄いですね!」


嬉しさのあまりハグ?をしたかったのだろうが、巨大な肉をぶよぶよとワグナスに押し当てる形にしかならない。


「わぷっ、こ、効果は出てきたようですね……(というか、元の体重がありすぎて普通に生活しても落ちるはずなんだけどなぁ」


だが体を動かして痩せるためには、まだまだ体重を落とす必要がある。

せめて、3万tは切ってもらわないと。



アネイルのダイエットの手伝いをしていく中で、ついでに自分が太り過ぎという事も思い出したワグナス。

「私も、少し節制しないと駄目だなぁ……
というか妻も……」



ダンターグも3万トン近くなろうとしていたし、長続きできるダイエットをせねば。

そう強く心に誓うワグナスだったが、食欲にはやはり勝てず、なんとか増えるペースを緩やかにするにとどまるのだった……



===





10日ほどが経過した。



アネイルは、無事にダイエットに成功し……


2万7600tにまで体重が落ちていた。

そのついでに自分もマズイ、と本気を出して運動(という名の重心移動レベルだが)したワグナスも2万tを切る大幅な減量に成功していた。




「凄い、こんなにサポートレベルを落とせるなんて思ってませんでした……!」


食べる量は減らさず、内容を意識して変えるだけで体重はぐんぐん落ちた。

体も心なしか軽い気がする。 とはいえ、あらゆる補助機構はONになったままだし、

声帯サポート、重力負荷軽減、贅肉バランス(サポートを切ると形が”並”の肉塊竜として維持できなくなり、周囲の竜の移動の妨げになる)

どれも一般竜の数倍機能させている。




ダイエットって、意外と簡単に出来るんだ。

という間違った考えがアネイルの中に芽吹く。

彼女は、まったく食事回数を減らさなかったし

ちっとも運動らしい運動もしなかった。


カロリーバランスを栄養面でもプロ?のワグナスに調整してもらい、自然に基礎代謝で体重が落ちただけ。


「もう、元の食生活に戻してもいいんでしょうか?」


「ん……ん〜〜何とも言えませんが、ここまで痩せられたのですから、少しずつなら戻してもいいのでは」


リバウンドが心配だが、その時はまた食事内容を管理することにした。





===




それから、案の定 アネイルはリバウンドし始めた。


すぐに3万tを超えてしまい、またワグナスに協力を仰ぐ。


食事メニューを考えてもらい、きっちりと従うアネイル。

フラーや、ダンターグではこうはいかない。途中で我慢できなくなって、こっそり余分に間食を増やして

なかなか体重が減らない……


という事態に陥っていたはず。 しかし根は真面目なアネイルは、きっちりダイエットを成功してしまう。

だが体重がしっかり落ちて、もう大丈夫。と食事のメニューを戻すとしっかりリバウンドしてしまう。


その繰り返し……



惰性でゆっくり、ぶくぶくと太る他の竜達と違い

アネイルはリバウンドで、より太りやすい体になりながら、ひたすら増量し続けた。

せっかく体重を落としても 数百t。数千tがあっという間に戻り


かといって根本的な食生活を変えるつもりはなかった。

すぐに痩せれるし……

という安堵感。ワグナスも、彼女はしっかりダイエットできるから大丈夫だろう、と甘い考えだった。


体重の増減はジグザグなグラフになるが、極端なまでに右上がりだ。



サポートメカを、体重に合わせて何度も設定しなおすのが面倒なので

ダイエット中に減量しても、MAXの補助を受けるようにしている。


体重が落ちればまるで体が軽く、すっきりとした気分になり過ごしやすい。


周囲の誰よりも太っているのに、その自覚症状はどんどん薄れていった。



またワグナスとアネイルは互いに何度も見慣れていた成果、感覚が麻痺していたのだ。




しかしある日の事……

「おや? 見慣れた肌と思ったら、アネイル先生でしたか。直接お会いするのはひさしぶりですなぁ〜」

間延びした口調の白い肉塊が語り掛けてくる。

どうやらフラー先生らしい。


らしい、というのは肉体の構造上……というより増量上、振り向くことが出来ないので

声やデバイスのシグナルで判断するしかない。



なんでも、この近場で最近受注を始めた”デーツピザケーキ”なる不可思議な料理を食べに来たらしい。


注文が殺到しすぎて、配達は二の次になるからと屋敷より巨大な体をなんとか動かしてやってきたのだとか。


「にしても、アネイル先生ずいぶんと”おおきく”なったんですなぁ」


「えっ、そ、そうでしょうか?」

「いやぁ間近に来ると、見上げないと駄目です、し……」


と言いかけて、

直接は言わないものの女性に対して間接的にも”太った”と言っているのと同じだと気づき発言を止めた。



「ゴホン、いえ、なんでもないです」

「?」


紳士たる彼の優しさか、しかしストレートに伝えていたらもっとアネイルも焦っていたかもしれない。


太り慣れ、痩せる事にもなれ

彼女はリバウンドする事にすら慣れてしまっている。


おかげで体重の最大値は戻るたびに元を超え、肥えていくのだが……










〜過体重〜



「ふぅー……ふぅーー……」


息苦しい。

夜、なかなかアネイルは寝付けないでいた。

首まわりの肉がつきすぎて、呼吸が上手くできないせいだ。


日中、活動してる時や食事しているときはそんな事はないのだが


「んん……設定の、切り替え……はぁ、はぁ、ええっと、呼吸器系はこれかな……」


サポートメカが無ければ、満足な安眠すら厳しいかもしれない。

様々なデバイスは彼女にとって生活の一部、というより体の一部と化していた。



繰り返すリバウンドで、3万5千tとなり、あの巨漢で有名なナイルにすら差をつけ始めている。

しかしこの世界では誰もが、あまりに太りすぎているのと、肥満に無頓着なせいか その事実を知る者はいない。


なにせ彼女自身すら、自分がこの周辺で誰より肥えてると知らないのだから……



先日から、フラー先生からも勧められたデーツピザケーキを食べ過ぎたのが原因だろう。

あの料理とも呼べないカロリーの塊は、”肉塊竜をもってしても” 脂とカロリーの摂取過剰となりえた。



「最近、なんだか体が重いなぁ……」


100kgや200kgの増減が、誤差レベルの感覚が麻痺した体重。


今では注文をするための、腕や指先の動きだけでも億劫に思える。


ダイエットは順調だし、疲れが溜まってるのかな?






"デーツ"を用いた食料。

"アスターゼ草"の粉末を溶かしたドリンク。

それは常に彼女の身近にあった。


「んく、んくっ……」


厚い脂肪に覆われた体は、すぐに飲み物が欲しくなる。

ただの水では物足りないので、上記の食欲増進飲料を飲む。

すると、自分でも意識できないレベルでお代わりのペースが進む。


また、彼女たちのような超ド級肉塊竜は、自身が食べた量を『視覚化』しにくい。

たとえば、この世界ではすでに存在しないぽっちゃりぐらいの竜ならば

食べ過ぎた場合、テーブルには空の食器が積み重なり

満腹で膨れたお腹を視認し、何度もウエイターが往復する光景を見て、

実際の満腹感+視覚的な『食べ過ぎた』という事実を知ることが出来る。



でも現在のアネイルは、複数のサポートメカが『空輸』してくれる出前や配達の料理を大量に平らげ

それらはすぐさま上空に待機している個人の食料専用保存庫へ往復し、食器類は積み重なる事がない。



しかも、何回も小分けに与えられ続けるので、わんこそばや回転寿司で思ったより食べてしまうのに似た現象が起こってしまう。


いずれにせよ、テーブルを囲って食事をする、という形態からかけ離れた食事方法は


肉塊竜達の感覚も、習慣も、食べるべき量も見誤らせてしまっていたのだ。



何よりアネイルは最も太り、体重が増加しやすい”リバウンド”を周期的に繰り返し続けたのがよくなかった。


周囲の教師がじわじわ増え続けるのに対し、数百トン減っては、何百トンも太っていく……


気付けば、もうアネイルの体重は3万8千トン。

地面に広がる彼女の贅肉は、今なおその勢力を”拡大”し続けていた。





===



「はぁ、はぁ、はぁ、それじゃあ、そろ、そろ、授業、ふぅ……はじめ、ましょうか」


複数の補助を受けながら、なんとか画面越しの生徒たちに向け授業を配信する。


とはいえ、少しテキストを進めてはドーナツを食べ、

生徒たちが問題を解く時間になるとケーキを何ホールも食べまくり、

質問に回答したら喉を潤すためにミルクティーをゴブゴブ飲んで、


とても授業を教える講師には見えないが……今のアズライト竜学の配信授業は、誰もこんな感じだった。


真面目な性格の体育教師ワグナスや教頭のクジンシーですら、似た有様なのだ。


ちなみにフラーやダンターグに至っては、もはや食事に費やす時間の方が長く

生徒たちは自主的に勉強に励んだり、一緒におやつタイムを満喫し、宿題形式で勉学に励んだりしていた。


ゆとりどころではない授業だが、生徒はもちろん保護者からも文句は無いので大丈夫らしい。



「いいのかなぁ、授業こんな感じで……」


なんて、ひとり心配するレナスもひとのことを言えない体型だ。


2万5千トンの体躯は、かつてのような家には到底収まりきらず

主流のパーソナルハウス(顔や首の上部にかけて保護する専用の部屋)で生活するのにも大分慣れていた。



1日3食、という概念の無い竜達。

”満腹感”こそあるものの”食べ過ぎたのでやめよう”という感覚は失われつつある。





肉塊竜がひしめきあう世界。見上げるほどの巨体も、互いが巨大すぎて見上げる必要はほとんどない。


お気に入りのデーツピザを何度も注文しながら、アネイルは当然のように4万トンという超大台すら肥えていった……
















========








〜4万トンという肉体〜





アネイルは自分の質量の大きさに、あまり実感が沸かなかった。


足元はおろか、自身の肉体の全容すら把握できず、


目に見える範囲外の景色はサポートデバイスが映し出すホログラムでしか知れない。



「おなか、すいたなぁ」


ぽつりとそう呟いて、追加分を注文する。

先日までダイエットしてたのだから、『今は食べて良い期間』だ。



彼女の元に、上空から何十台というフローターが料理を乗せて降りてくる。


圧縮され、見た目以上のボリュームとカロリーを誇るそれらを次々と口の中へ運び”させる”



とっくの昔に手を伸ばしても、どうこうできない段階だったし 


起きて髪を解かすのも、顔を洗うのも、歯磨きするのも、全部全部マクロ化した術と機械任せ。




マカロン、特大バニラプティング、レアチーズタルト、抹茶のシフォンケーキ


大好物のスイーツ達が、デザートが次々と運搬される。


「あ〜〜〜んっ……ぱくっ、ん〜〜〜……!」


至福の時間。


10万、20万、30万キロカロリーが瞬時に彼女の体内へ運び込まれていく。


甘いものが連続した後は、ちょっと辛い物が欲しくなる。


タバスコやハラペーニョソースのかかった、ホットデーツピザを注文し

それは待つこともなく運ばれる。


注文数が周辺でも一番の彼女の上空には、複数の食糧生産場や、デリバリー専門飛空艇が集っている。


もちろんアネイルひとりの為だけではないが、彼女の注文量の影響は大きかった。


「ふぅーー……はぁ、ふぅ、きょうは、もうぢょっど、食べで、いい……よね」



次第に声がくぐもってくる。声帯サポートの”負荷制限”だ。


急激に太る体と重量に対する優先度が高まる為、音声補助に対する術が弱まる。


完全にサポートオフになれば、何を言ってるか識別するために重度肉塊竜会話翻訳ソフトを利用しないと駄目なぐらいだ。


もっとも、以前までと違いサポートメカは彼女たちの『肥満度』に対応するため日々進化しているので、


そこまで手が回らなくなる状態に陥る事は滅多にない。 ないわけでは、ないのだが。



「ぁ……できたてで、あつあつの、チーズ、とろけ、おいしい、なぁ……」


むぐむぐ、もぐもぐ、むぐ



リガウやシュメルツといった相撲部員のようながっつく姿勢を見せない、どこか上品な食べ方なのに

今の彼女は彼らよりも多く食べている。



ぶくり、ぶくり、その身は余った過剰な栄養を贅肉として纏(まと)い続けた。





===





「なぁ、あの竜(ヒト)って前からあんなに大きかったっけ?」

「いやー……どうだったっけ」


近所……もとい周辺にいる竜達も、肥大化し続けるアネイルに圧倒されていた。


とはいえ一部の男性達には寄りかかったら気持ちよさそう、という印象を持たれたりしていた。


肉が付きすぎてもなお、その胸の大きさは視認出来るらしく、ちょっと顔を赤らめる者すらいた。


そんな周囲の視線を気にせず、今日もアネイルは好物の甘いものを食べ続け、太り続ける。



以前は積極的に彼女のダイエットのプランを考えていたワグナスだったが、


あまり効果が無い……どころか逆効果では? と思うようになり、最近は助言すらしていない。


というか彼自身もぶくぶく太り続けて3万トン肥えてたので、それどころじゃないようだ。




新たな料理、快適に暮らすためのサポートが充実し、超肥満(どころではない肉塊だが…)の弊害が消えていくたび


教師陣も生徒たちの平均体重もさらに増えており、

クジンシーやワグナスといった真面目組としては頭の痛い問題の一つになっていた。





過去の”道路幅”を丸ごと占領し、肉で埋め尽くす。



飛空艇以外、まともな乗り物は機能しておらず……



すでに8割以上の竜は、


大陸間鉄道(改築し、建造物を移動させるぐらい大掛かりなシステムの別物になってる)での移動、


なんて夢のまた夢になりつつあった。



今では通信会話も、バーチャル界での交流も、疑似体験のスポーツも限りなくリアルに近づいてる。


道具も食べ物の輸送や運搬も ぜんぶ機械に任せればいい。

自分たちが移動する必要性がないのだ。




はた目には、究極に堕落した存在として映るだろう。


実際、アネイルを含めた全肉塊竜は現状に甘え、楽な方を選択し続けているのだから


あながち間違ってはいないのだが。





========





〜テオブロマデーツ〜



「なぁ、聞いたか? ナイルさん、短期間で滅茶苦茶太ったらしいぜ」

「いやー、ナイルさんって言っちゃあなんだけど、元から凄い体型じゃないのー?」


街で肉塊竜同士が、そんな会話をしていた。

「それがなんでも、噂じゃ以前より一回り以上デカくなってるとか」

「あ、あれからか……」



推定体重6万tとも、7万tとも噂されている。


なぜ、急激に彼が太り始めたのか。


それは、彼のライフスタイルに とある食べ物が取り入れられたからだ。




食に対してはどこまで強欲で、貪欲な巨漢肉塊竜・ナイル=フィガロは食生活に物足りなさを覚えていた。


日々、新しい料理が提供され、舌も体も満足できている。 


だが、全ては何度も体験した”味蕾(みらい)”から与えられる【知っている】刺激だ。



ナイルは各大陸で、優れた食材が無いか探し求めた。

探した、といっても彼はまともに飛空艇から降りもせず、ただ従者や仲間に情報収集してもらっただけだが。





テオブロマ デーツ、という新種の果実がベクタ大陸にあった。

とある農家が品種改良により、偶然生み出されたものだが……


その味と栄養面は素晴らしくもあり、同時に恐るべきことに

最も『肥満化』の要因となっているアスターゼ草(食欲増進・消化吸収作用)

そしてメートルアグ草(栄養過剰) 

この2つとの掛け合わせによって生み出されたものだった。







「むしゃ、むしゃ……
あ゛ぁ゛、うまい、なぁ、ごんなに、うまいだべものを、好ぎなだげ……」


無尽蔵に内から溢れる食欲と、口に入れるたびに感じる素材の深み……。


超巨大空間で、ナイルは満足げにテオブロマデーツを使った料理を食べ続けていた。


ぶくぶく、ぶくぶく…… 目に見えて、胴体部分らしき部分の肉が前方に”育って”いく。

数日前から食べ続けた分が、確実に蓄積され続けていく。

今、こうして夢中になって食べている分も、脂肪として蓄えられ”体積”が増えるのは確定していた。


スープの素材にしても、ステーキ料理や揚げ物のソースに混ぜても、

その料理を数ランク上の存在に昇華してくれる。 まさに神の食べ物と呼ぶに相応しい代物だった。




テオブロマデーツはありとあらゆる食材に適合した。

『食べる行為』そのものを促進してくれる。……否、してしまう 強力すぎる食材だった。



「はふぅ、ぐふぅ、も、もっど……追゛加゛、を……」


食べる悦びを改めて思い知らされる。極上の満腹感が続き、だが決して限界は訪れない。

絶えず取り込み、肉に変化していくのだから。


こんな、美味なものを、独占しているのも忍びない。


すでに十以上の植育プラントをすべてテオブロマデーツの生産にまわしていたが


多くの者達と、この感動を味わいたい……


そう思ったナイルは、その莫大な資産を利用し、テオブロマデーツ大量生産のラインを確立させた。


噂と人気は瞬く間に広がり、各地の農家や工場でも生産拡大……



気付けば、どの家の食卓……もとい個人用食料プラントでも生育・注文時にすぐさま運搬される、という流れが出来ていた。





===





〜アズライト竜学一の痩身教師〜




「うーむむ……」


アズライト竜学の教頭、クジンシーは難しそうな顔をしながら教師や生徒たちの最新の名簿録を見る。


名前と共に”顔周辺”が記録媒体にアイコンとして表示されるのだが……


そのどれもが明らかに前より太っていた。


元々、尋常でない肉量だから太ったどうこう、という話ではないのだが


追加で増えた分が、目に見えてわかる。あごのたるみ具合や、首の埋没具合の進行度……


「意外に、アネイル先生が一番……
いやしかしダンターグ先生もかなり……」


ツートップは、やはりあの二人だろう。

映像通信のみで、直接会ってないので全体像はわからないが、かなりの体重になっているだろう。


授業はしっかり出来ているようだが、親以上に子供たちの『見本』となるべき存在が


会話中も空腹を我慢できずムシャムシャモグモグし続けるのは、どうもなぁ。




「やれやれ」



とはいえ、クジンシーも直接彼女たちの太り過ぎを注意する資格はない。


2万4千tにもなる自重は サポートが無ければ、満足な歩行も、会話も、買い物も、何もできないのだから。


全行動に障害あり。

そんな極肉塊竜たちの違いはサポートメカの台数と補助の陣術の内容ぐらいだった。






夜。



晩酌として、好きな麦焼酎と一緒に”テオブロマデーツ”を、おつまみの一品代わりにパクパク食べていた。


「それに、しても、グビッ。パク……むしゃ……
ふぅー……」


ほろ酔い気分で、最近お気に入りになったテオブロマデーツを乾燥させたドライフルーツと共にチーズや焼き鳥といったものの食が進む。



言わずもがな、どれも圧縮食材を使った代物で 見た目の何十倍もの量とカロリーを誇っている。


「うまい、なぁ……」



サポートメカには身体を最適状態にするよう、設定しているのだが


短期間での暴飲暴食に、次第に息がフゥフゥと肥満者特有の荒いものへと変わっていく。



アルコールが、ただでさえ仕事を放棄した満腹中枢を更に鈍らせ


テオブロマデーツの爆弾高カロリーと食欲増進作用が拍車をかける。



「ぐふぅーーー……むしゃむしゃ……くふぅーーー……」



クジンシーも、首、肩、胴体の境目がろくにわからないサイズの肉塊竜であるのに変わりない。


それでも、仕事を終え 長過ぎる夕食から続けるように晩飯を食べ続け、飲み続け


腹部はどんどん前方に突き出ていく。時折外側に張りが見られたと思ったら、ぶくん!っと波打ち贅肉の山が増える。


うまいなぁ、おいしいなぁ、とつぶやきながら何度目かわからない”追加”を頼む。


その日、たった一日だけでもクジンシーは膨らむかのように体積を増やしてしまうのだった。



翌日も、その次の日も……



クジンシーは周囲の教師の体型を案じながらも、まさか自分が追いつきそうなほどぶくぶく太り続けている自覚が無かった。


たまに警告(アラート)が鳴り響く。前に職員室いっぱいに全員が太り、身動きが取れなくなった時のことを思い出すが、


すでに室内にいない現在、圧迫感は無かったし、すぐさま手元のデバイスのブザー停止を押し


何事も無かったかのように、食べ、肥え、膨れ続けた。


ぶくっ、ぶくぅ!!ぶくん!



テオブロマデーツの特徴として、蓄えた栄養を贅肉に変換する作用に遅効性があった。


ゆえに、寝ている間に気付かずブクブク肉が増え、翌朝一段と重くなった全身に気付けばいいのだが


寝てる時にサポートメカが事前に体型と体重に対する様々な補正をかけてくれるので


実際は”滅茶苦茶太った”としてもちょっと太ったかも?と自覚できない日が多かった。





「ふぅ、ふぅ、はぁ、ふぅ……、ふぅ……」


なんだか、最近このあたりが狭くなったような……

少し移動する際も、周囲の肉塊竜達と接触する肉範囲が増えた気がする。


彼らも、かなり運動不足の太りすぎなのでは?



「運動、不足と言えば、ぜぇーーー……
ワグナス先生も、ふぅーーー……体育教師、だというのに、ぶふぅーー、ふぅーーー、あんなに、お腹を大きくしてしまって、まったく……」


ずず、ずずずぅ、と肉塊が動き、テオブロマデーツを使った新作メニューを探しに行く。


全てネットを経由した出前・配達で済ませるのも良いが、 やはり自分で足を運んで様々な店の新作を楽しむのも醍醐味だろう。


その移動という名の”激しい運動”が知らず知らず彼の食欲を膨大なものにさせる。


空腹こそ最上のスパイス、とはよくいったもので



休日に食べ歩きをしたクジンシーは、自分でも思っても見なかった食欲を発揮し


8時間後には、一切の身動きが取れない状態になってしまった。


一番体型に気を遣い、太るまいと意識していたクジンシー。現在の彼の体重は……3万4千tにもなっていた。





〜〜〜〜




おかしい。サポートメカは正常に働いているのに、何故か、息苦しい。

体が重い……。


クジンシーは、自分の体調の変化を感じながらも、それが自重のせいだとは思わなかった。


日頃の疲れも溜まっているから、そのせいだろう。


趣味のワインやウィスキーを飲みながら、高脂肪のチーズやデーツを使ったリゾットで夜を過ごしていく……




「ふぅう、はぁ、ふぅうう、ひぃ……」


授業や、職員会議中も、息切れする回数が増えた。


「もっと、補助の割合を、増やして、設定変更、しなくてはな……」



厚い脂肪により火照った、熱を帯びた肉体。じっとりとした汗を、汚れや食べカスを掃除してくれる機械が一緒に拭いてくれる。




「少し、ばかり、ふとった、か…?」


全身を客観的に見る方法がなく、わからない。

一度体型維持や重量軽減の補助を切ってみたらわかるが……

あれは正直辛いのでやりたくない。


やはり食事制限が一番なのだろうが、どうにも


「うっ……!!」


また、あの強烈な食欲が湧きおこる。 我慢をする気すら起きない、食べるのが当たり前と思う程の食欲。


気付けばクジンシーはリストアップした料理の新メニュー一覧をウィンドウに表示させると、

テオブロマデーツのタグのついた料理をかたっぱしから選択し、

運ばれてきたものを無我夢中で食べ続ける。


「っふぅうぅ!!むしゃむしゃ、がつ!!ばくばくむしゃ!!!!」


「あぐっ、んむぅう、や、やはり、うまい、このデーツをうみだした、せいさんしゃは、ほんとうに、偉大、だ」


はふ、はふと息を乱しながら、催促を繰り返す。

サポートメカが、自分で設定していた その日の摂取可能カロリーをオーバーしているとアラームを鳴らすが聞こえない。

こんなおいしいもの、満足するまで食べ続けるしかないのに。途中でやめれるはずないじゃないか。


「っふぅーーーー!くふぅうううううーーーーー……!!///」


満たされていく悦びを一身に、クジンシーはブヨブヨとした肉の山脈を更に押し広げていく。


ぶくん!!!ぶくぅっ!!ぶよっ、だぷっ、どぷぅうん!!!



もっと欲しい。まだ食べていたい。もうそろそろ終わりにした方がいいのでは?

いや、明日量を調整すればいい。こんなにおいしいのだ。もっと食べないと、むしろ反動がきつくなるだろう。

そう、欲するまま、求めるまま……


「はふ、っうぐっ、うぶっ、っげぇふ、んふぅ、も、もっど、おがわ……り……」


意識が霞みがかるほど、ひたすら食べ続け太り続けた。


テオブロマデーツの食欲増進作用が、食べる手を休めず、蓄積し続けた結果、とんでもない暴走状態を起こしてしまったのだ。


そして……







「ぐぶ……うぅ……ぁ゛……げぶっ……ぐぶっ……っごぉ……」


一切の身動きが取れない。お腹が膨れて見えないのに、パンクしてしまいそうだ。

比喩じゃなく、文字通り山のような巨体が鎮座している。



教師の中では控えめだった体型のクジンシーですら、もう4万2千トンを超える巨肉塊竜と化してしまった。


テオブロマデーツのカロリー、消化・吸収・食欲増進といった様々な促進作用は彼らが思っているより、ずっと強力で凶悪なものだった。





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