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カーザ・ミーア

3、ルーク諸島へ

飛び立つ時に少しばかり問題はあったものの、僕らを乗せた飛空艇ゴディヴァは現在、ベクタ諸島とルーク諸島の間の空域を順調に飛行していた。

ネージュさんのあまりのインパクトに僕を含めた船員一同、当初の目的である各島々での商業よりも、彼女を無事にバルハラント諸島まで送り届けられるのだろうかと、気を揉んでいたのだが、無事に航行を続けられている内、当初に比べると船内にも落ち着きが戻ってきているようだ。

そして落ち着きが戻ってくると、このゴディヴァは、空飛ぶ商業都市と言われる商魂逞しい竜たちの根城。

今まで、どんな商船も運んだ事の無いだろう、圧倒的な質量を持つ彼女を無事に送り迎え出来たとしたら、このゴディヴァにも、フィガロさんにもより一層の拍が付くと、僕を含めた船員たちは躍起になっていたのだった。

船員たちが躍起になっていた理由はそれだけでは無かった。
そのもう一つの理由とは、彼女の持つ莫大な旅行資金だった。

この商業船に旅行って理由だけで乗れるのは異例中の異例なわけで、更に普通の船では乗り切れない様な巨体のネージュさんが乗せて貰えたと言う事は、きっとフィガロさんにそれなりの額を払っているのだろうとは思っていたのだが…

ネージュさんを乗せる前のある夜、この船の日課となっているフィガロさん主催の船員達による食事会の時、ふと話題に挙がったのが、彼女がこの船に乗るためにフィガロさんに幾ら払ったかと言うものだった。

その時にフィガロさんが皆に嬉し気に話していた金額は…もう本当に莫大で…
例えるのならば、新発見のアーティファクトが一つ二つは軽く買えてしまえるだろうという程の額。

それを聞いていた僕たちは、もうただ目を丸くするしか無くて…
ただ一人、また新しいアーティファクトのコレクションが増えるとフィガロさんだけが満面の笑みを浮かべていたのを覚えている。

どうやら、その資金の大半はネージュさんがフィードロットで暮らしている間の陣術の研究によって手に入れた資金だそうで、本人曰く「ベクタ大陸って食べ物の物価が安いでしょ?お金を稼いでも他に使い道が無くて困っちゃって…」だそうだ。

そんな、体重だけでなく、資産的にもベクタ随一な彼女は…自分も初日に貰ってしまったのだが、チップを気前よく渡してくれるので、そんな彼女にあやかろうと、船員たちは彼女の為に挙って、何か必要なものは無いですか?こんな珍しい食べ物はどうでしょう?などなど…彼女の機嫌を取ろうと必死になっていた。
それこそ、彼女の付き竜に任されたのは僕なのに、そんな僕の仕事が無くなってしまいそうな程で…

日課の晩餐会で、彼女からこれだけチップが貰えたとか、今日はこれだけの金額の食品を買ってくれたとの報告が後を絶えず、その過剰とも思ってしまう行為は、日々エスカレートしていき、元々は各諸島での商売用として積んでいた食料類すら、彼女の胃袋に詰め込まれ始めていた。

僕としては、彼女は大切なお客様なので、そんなあからさまな機嫌取りはせずとも、必要な時に必要なだけ彼女の助けに成れれば良いと思うし、それ以前に各諸島に運ぶ予定の品物を運ぶ前に売ってしまって良いものかとも思うのだが…

やはり、商人には、利を得る事に対しての抜け目が無さが必要なのだろうか…
確かに普通に各諸島で販売するとなると、売れ残ってしまう事もあるし、彼女に売って残さず食べて貰った方が売れ残りが出ない分、確実な儲けにもなるし、それどころかチップまでくれるのだから商人としては、この機会を逃す手は無いのだろうけれど…

そんな商人としてのあり方を考えさせられつつも順調な日々を過ごしながら、今日も僕は朝日が昇ってくる少し前に目を覚ますと、ベッドから跳ねるように飛び起きる。

ネージュさんは起きるのが遅いから、彼女の付き竜としての仕事は、お昼過ぎの食事からになるので、少しでもそれまでに商品や帳簿の管理を進めておきたかったのだ。

元々、商品や帳簿の管理は、僕がネージュさんに掛かりきりになる筈だったので、他の船員がする予定だったのだが、船員たちが彼女の要求に応えようと動いてくれている為、少しばかり手が空き過ぎて暇になっていた。
だけど、何もしないというのも落ち着かないので、その内の幾つかは僕が引き受ける事にしている。

朝の甲板は冷えるので、僕は起き上るとベッドの隣に掛けておいた、赤いベストを羽織り、鏡を見ながらベストに皺が無いかを確認し、出来るだけ手早く身支度を済ませる。
このベストは、去年の僕の誕生日にフィガロさんから貰った物で、商人として生きていくのだから一張羅ぐらい無いとなと貰った大事な物。

身支度を済ませた僕は、船室を出ると、甲板へと続く階段を勢いよく駆け上がっていく。

「おはようございます!」
勢いよく甲板の扉を開けた僕は、もう既に甲板で荷物の整理をしていた仲間達に大声で挨拶をした。

「よぉ、アドレ!今日も早いな、朝は冷えるから風邪ひくなよ」
僕も、出来るだけ早めに起きたつもりだったけど、そこには既に何人もの船員たちが働いていた。
その大半が、フィガロさんがゴディヴァを発見、起動し、商業都市として旗を上げた頃から彼の元で働いているベテラン達、僕の目標でもある先輩達だ。
そんな先輩達が、僕を見つけると軽く手を振って挨拶を返してくれていた。

早速、そんな先輩達に混ざって作業を始めようと陣術を起動させた僕は、ふと思う。
甲板の上で働いている船員達の数がいつもより多いなって。

普段なら、急ぎの仕事が無い時以外は、労力の無駄と自室で寝ている竜が多いのに、今日は妙に多い。
いや、寧ろ殆どの竜が甲板に居るという状況…
先輩だけでなく、自分と同期の竜までも眠そうな目を擦りながらも陣術を使って商品の確認や整理を行っていたのだ。

もう、セイズモバロ市を発ってから随分と時間が過ぎている。
今日の昼過ぎには、ルーク諸島に船を停泊させ、品物の納品や商売、それから飛行中に消耗した物の補給をする手筈になっているから、普段より、停泊準備をしている竜は多いだろうとは思っていたのだけれど…

それでも、停泊準備を進めるのだって、こんなに沢山の竜が必要だろうか?
陣術の助けがあるのだから、普段ならば停泊準備なんて、今いる竜の半分の数でこなせる筈なのだけど…

「ぐぐぅ…すぴっ…ぐぅ…まだ…食べ足りないわよぉ…じゅる…ぐぅ…」
僕が、そんな事を思っていた時、大きないびきを鳴らしながら疑問の答えを教えてくれた。

「あぁ、ネージュさんが乗っているからか」
勧めただけ食料を買ってくれる、大食漢な彼女が乗っているからか、この船は一時的な超好景気になっているのだが、物が飛ぶように売れると言う事は、在庫の確認も必要で、そうでなくとも、元々は別な所へと納品する予定の品物を彼女に売っているのだから、元々の取引先相手に埋め合わせもしなければならない。

その埋め合わせに食料品以外の物を相場より安く売る事にするも、はたまたお金を渡して黙って貰うのも、色々と準備が必要なのだろう。

金と商品が何よりも大切な商人だって、信用が無ければ品も金も手に入れられないのだから…
とは言え、普段より仕事量が増えているのに働いている船員達の表情は皆明るい。
定価で売っているとはいえ、食べ物ならば勧めただけ買ってくれる上、態々運んで来てくれた労力としてチップまでくれる彼女は、商人から見たらとても気持ちの良い存在のようだ。

そんな好景気の真っ只中にいるネージュさんは、そんな事も我関せずと大きないびきと共に時折寝言を挟みながら熟睡している。

僕は、この旅の最中で、更に大きくなっている様な気がする彼女を視線の端で見ながら、商品の確認を続ける。

それにしても…ネージュさんはずっと同じ姿勢…
寝転がっているのか座っているのかも分からないけれど、辛くないのだろうか?
本人は辛くないから大丈夫って言ってたけれども、本当は無理をしてたりしないのだろうか?

今でこそ、彼女のあまりに巨大すぎる身体にも、もう見慣れ始めていた僕は、彼女を時折見つめながらそんな事ながら、陣術を弄り帳簿を確認する。

そう言えば、初めてネージュさんを見た時の僕は、そのあまりの巨大さに思わず腰を抜かしてしまいそうだった…

フィードロットで長い間、過ごしていたのだから、並大抵の大きさではないって…予想はしていたのだけれども…
そんな大きく見積もっていた予想だって…軽々と越えてしまう程にネージュさんは大きかった。

フィガロさんに見せて貰った写真と本当に同一人物なのかと疑ってしまいそうな程、彼女の姿は竜としても…それどころか、失礼だから本人には絶対言えないのだけれど、その全体像は女性としても大きく掛け離れていた。

僕は、彼女には失礼だろうけれど、そんな事を思いながら、大いびきを響かせるネージュさんへと、改めて視線を向けなおす。

ベクタの肉塊竜なら、首や頬の肉で顔が埋もれ掛けているのは珍しくない。
僕だって、商売の際に時折立ち寄るベクタで、そんな竜は何人も見てきた。

だけど、ネージュさんの顔はもう…埋もれかけているのではなく、埋もれているのだ。
首や、頬が限界まで膨れ上がっているのは勿論だけど、それに加えて、肩や顎の肉まで盛り上がって、肉の行き場を失い彼方此方で小競り合いをする肉が顔を埋め、顔がある場所に決して浅くはない溝を作ってしまっている。

薄紫の髪は写真で見た時の彼女と同様に長く、軽く見積もって1m程はあるだろうけれど、どうしても頬や顎の肉が膨れ上がって顔の面積を広げてしまっているのか短く見えてしまう。
そして、くせ毛なのだろうか、所々の毛が跳ねているけど、その髪は洗いたてのように艶々と光を反射し、長い髪の毛の先の方を黒いリボンで結んでいた。

そして、長い髪の下にある薄緑の目には、眼鏡を掛けていた。
陣術によって、今では廃れつつある骨董品をなんで、陣術、理術の研究者である彼女が掛けているのだろう。
何か、思い入れのある品なのだろうか…それとも、単なるお洒落だろうか?
何にせよ、自身の顔の中程まで肉で覆われているのだから、眼鏡の有り無しに関わらず、目線の先には自分の肉しか写っていないだろうに…

口からは、常に呼吸器系の補助術式を使用しているのにもかかわらず、ふぅふぅと声に出して吐息を吐いては、掛けている眼鏡を少しばかり曇らせている。
ただ、どうしてだろう…そんな温かそうな吐息が漏れる彼女の表情を…
僕は何故だか、少しだけ艶めかしいって思ってしまう時がある。

そんな埋もれた顔の下には、彼女は白衣を羽織っていた。
その白衣には、シャイア研究所のロゴは無いけれど、とても…とても大きい。

だけれど、フィガロさんが数十人横に並んでも包めてしまうのではと思えるほど巨大な白衣ではあるけれど、ネージュさんが着ているとどうしても、ピチピチに引き延ばされてしまっていて、今にも繊維が爆ぜて破けてしまいそうだった。

唐牛で白衣に袖を通している腕は、二の腕なのだか、前腕なのか、関節すら分からない程に肉が浮き輪のように膨れ上がっていて、行き場を無くした肉が垂れ下がって脇の肉と小競り合いを起している。
そんな腕の脂肪は垂れ下がるだけでなく、横へ横へとも伸びており、彼女のパンパンに膨れた赤子の様な手を殆ど呑み込んで、指の先しか見る事が出来ない。

こんな手では、物に触れる事は愚か、ベクタの一般的な肉塊竜でさえ出来る、手での陣術操作すら出来ないだろう。
その代わり、ネージュさんは脳波で陣術回路を制御しているみたいだけれど、脳波での陣術の制御は、手で行うよりも何倍も難易度が高いって聞いている。
それを日常的に難なくこなしていると言う事は、ネージュさんは体重だけでなく、研究者としても凄いと言う事だろう。

そして、目に入れるのも毒…いや…恥ずかしいのは、元々貧乳だった筈の彼女の巨乳。
それでも、前へ横へと突き出たお腹に比べたら小さく見えてしまうけど、溢れかえり垂れ下がっていて、片方だけでベクタの一般的な肉塊竜くらいはあるんじゃないだろうか。
そんな胸が、彼女の唐牛で羽織れている白衣の間から、前にも横にも溢れ突き出しているのだから…雄として自然と…そんな大きな胸へと目が行ってしまうのは…仕方ないだろう…

そんな巨大な胸すら、軽々と上に乗せてしまっているお腹は…
彼女の身体の大半を締めていて、十段以上重なった分厚い段腹は、下を見ていくにつれ、より分厚く、広がりながら、横へ前へと伸びていた。
最も広がっている場所は、25mプールですら収める事は出来ないだろう面積。
最早、脇腹ですら肉の付き場所を無くしているのか、彼女の脇腹は背中にも広がり始め、そうでなくとも、ベクタの一般的な肉塊竜のお腹程もある背中の肉が、溢れるお腹に埋もれつつあるのだ。

そんなお腹は、出航前に僕が彼女の身体が、船からずり落ちない様にベルトで締めたからなのだけれど、スライムのように柔らかい脂肪が縦方向に何か所も締め付けられていて、元々の横へと積み重なったお腹の段と合わさって、超特大のボンレスハムにしか見えない。

脚は、腕と同様に浮き輪のように膨れ上がった肉に関節ごと埋もれてしまっていて、その上から、恐らくお腹の肉だろうけれど…どこの肉か分からない何重にも重なった分厚い肉の段が、スライムのように垂れ下がり、脚があったであろう、僅かに凹んだ窪みを上から覆い隠してしまっていた。

そして、彼女の巨体の下敷きになり横へと潰れて広がりながら、彼女を支えているお尻は、非常に丸々と膨れ上がって巨大なのだが、それでも垂れ下がる背中の肉や、行き場を無くした脇腹の脂肪によって、半分ほど覆い隠されてしまっている。
そんなお尻の間に挟まれた尻尾の先が、僅かに見えてはいるが、本来細長い先端ですら、ぶっくりと膨れ上がり、肥満竜の尻尾の付け根かと思えるような太さだった。

骨と言う骨など、角ばった場所なんて何処にも残っていない、ただただ柔らかい肉の塊。
それがネージュさんだった。

痩せていたら美竜だと思うのに…勿体無いなぁ…
以前、フィガロさんに見せて貰った写真のネージュさんと、今の超ド級肉塊竜を頭の中で比べると、どうしてもそう思ってしまう。

そんな事を考えながら、陣術を使って作業を続けていると、気が付けば時間は昼へと迫ろうとしていたようだ。
帳簿も確認できたし、積み荷の整理を終えたのだろう周囲の船員達も下船の準備を進めている。

僕も、そろそろ下船の準備を始めないと。
今回は僕一人でなく、大事なお客様であるネージュさんも一緒だから、恐らく彼女は船を降りる用事はないかもしれないけれど、停泊中に彼女に何か必要なものが無いか、しておいて欲しい事が無いかは、一応聞いて置いたほうが良いだろう。

「ネージュさん!そろそろルーク諸島の港に到着するのですが、何か御用がありましたら教えて頂けますか?」
朝と比べたら随分と暖かくなっている甲板の上で、まだ寝息を立てている彼女に陣術越しに大声で問いかける。

「んぅ…ふぁ…んぁ…?もうそんな時間…?あぁっ!そうだっ!!急なお願いで申し訳ないのだけれど…停泊している間、私の事を海の上に降ろして…貰えたりしないかしら?」
眠そうな声が一転、何かを思い出したのだろうか、彼女は陣術越しに大声で訴えてきたのだった。

「ど、どうかされました…何か急用でも…?取り敢えず、そろそろルーク諸島に到着しますので、急いで操縦席に相談してきます」
彼女の巨体には慣れたとは言え、やっぱりあの巨体で凄まれるとびっくりしてしまう。
だけれど、普段おっとりとしている彼女が、大声を出すと言う事は、何か重要な事なのだろう。

ただ…ルーク諸島は断崖絶壁のテーブルマウンテンなのだ…
その為、予定では、そんなテーブルマウンテンの天辺にある、ヌークレイム本島にある首都…流天宮の港にゴディヴァを降ろす事になっていたのだが、それでは、彼女の要望を答えられないだろう。

それなら…一度、船を島の周辺の海上に停泊させて、補給や商売をする予定の竜達には、ルーク諸島の住民が漁の為などに使っている水上エレベーターで首都まで移動して貰えば…どうだろう。

船員達には、普段よりも長距離の移動をさせてしまうが、これだけ船の経済に貢献している彼女の頼みを断る事は無いだろうし…大丈夫だろう。

それと、急な海上での停泊になるので、本来ならばルーク諸島の竜達へも、手続きが必要になるだろうけれど、フィガロさんの顔があれば、そんな無茶も押し通せる筈だと思う。

相談してみて、無理なら、海へ行くのは我慢してもらうしかないけれど…
何だか、ネージュさんの表情が、妙に切羽詰まっていて、このままでは、一人でも海へと突っ走っていきそうな気がする…

仮に、海に一度ネージュさんを降ろしてから、港に停泊をするにしても、陣術無しでは、何もできないであろう、彼女を一人にさせておくなんて、何かあった時が怖くて出来ないし…

そうして、僕は急いで操縦席とフィガロさんへ連絡を入れる。
ルーク諸島に到着するまで、まだ時間があったのが幸いして、無事にゴディヴァが停泊できるだけの場所を確保できたとフィガロさんから連絡を貰うと、まもなくゴディヴァはルーク諸島周辺の海上へ無事に停泊したのだった。


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