カーザ・ミーア
11、ベクタ大陸
「ナイルさん!長い間ありがとうございました!」
ベクタへ到着した私は、彼にお礼を告げ、乗り込んだ時と同様、船に搭載された理術の機能によって身体を浮かせてもらうと、船の下へと降ろして貰った。
「あれ…?アドレ君…」
船を降りると、何故かそこに居たアドレ君を見つけた私は彼に声を掛ける。
態々、船を降りて見送りに来てくれたのかしら…?
アドレ君は、ゴディヴァがベクタに近づくにつれ、何故だか口数も食欲も減っていて元気がなさそうだった。
今日だって、最終日だから、旅の間一番お世話になった彼に、色々とお礼が言えたらなって何度か陣術で声を送っていたけど、返事が無かった。
そんなアドレ君に直接お別れを言えるのは…嬉しい…けど…
私の事を旅の間、ずっと支えてくれた彼とお別れするのは…やっぱり…辛い。
出来る事なら、ずっと…一緒に…
でも、それは出来ないだろう。
アドレ君は、ゴディヴァの船員なのだから。
彼にも帰る場所があって、そこは私の家ではない…
「あの…」
そんなアドレ君が私に話しかける。
「今まで…長い事ありがとうね…沢山…迷惑掛けちゃったけど、アドレ君が居たから、私…その…」
「僕に…これからも、ネージュさんを支えさせて貰っても良いですか…!」
私の声を区切りながら…意を決したようにアドレ君は声を張り上げ、私に向かって告げる。
「え…良いの…?ゴディヴァは…?」
「ゴディヴァなら…大丈夫です。フィガロさんとは、お話してきたので」
「そう…?それなら、これからもよろしく頼んでも良いかしら…?私の事だから、沢山迷惑かけちゃうでしょうけど…」
「迷惑だなんて、全然思ってません。僕は…貴女の事が…」
「じゃぁ…これからもよろしくお願いねアドレ君!」
少し食い気味だったろうか…?
でも、アドレ君がまた付いて来てくれると思うと…つい嬉しくって…
「あ…ごめんなさい…私ったらつい嬉しくて…話…区切っちゃったね…?」
アドレ君…まだ何か言いたそうにしていたような気がしたけど…
「いえ…大丈夫です…」
大丈夫とは言っていたものの、アドレ君は何だか、少しだけ寂しそうにしていた。
「うわぁ…凄い所ね…」
アドレ君との話が終わった私は、目の前の光景を見て、思わず声をあげてしまう。
だって…私の目の前に広がっているのは…
いや、目の前だけではない…自分の身体の下にだって広がっているのは、何処も彼処も一面の肉…肉…肉。
何処までも広がる肉の段を積み重ねたような竜も居れば、まるで、星のような巨大な球体の形をしたお腹を抱えている竜も居る。
元の世界線でフィードロットで暮らしていた時も、巨大な太鼓腹をした固太りの竜や、ぶよぶよの脂肪が何段にも重なった水太りの竜を見てきたけど…
そのスケールを何処までも巨大に重々と極限以上に太らせたとしたら、私の視界いっぱいに広がっている竜達の姿になるのだろう。
そんな竜達の体色は…黄…黒…紫…そんなベクタ竜特有の色だけでなく…
ベクタ竜以外の色も所々混ざっていた。
そんな竜たちは、恐らく、ベクタ以外から移住してきたのか…
それとも…ベクタで滞在している間に太りすぎて、故郷へと帰れなくなってしまったのか…
もしくは、元居た大陸では、あまりにも大きくなりすぎて、ベクタでしか暮らせなくなったのだろうか…
そんな多種多様な竜達が、ひしめき合い、大陸も、海も、常に高速で生成されている筈の人工島すら、もう肉に圧し潰されて目にする事は出来ない…
陣術の発達しているこの世界線でも、特に品質の高い反重力術式を常時、複数同時起動させて生活している竜たちは、それでも尚、規格外の超質量を抑えきれず、存在するだけで、大地が割れ、島々が、大陸が沈み、海が溢れ、溢れた海すら自らの肉で蓋をし、マントルすら歪めてしまう。
その身動き一つ出来ない状態で、空中に浮いている超巨大な食料生産プラントから、何百機ものサポーターに運ばせた料理を、ただひたすらに貪り続けている。
そんな竜たちは、自分たちが沈めてしまった大陸程もある巨大なプラントで生成される食料だけでは食べ足りないとでも言うように、自身の広がる肉体の上にも、農場や…何重にも重なった脂肪の段の隙間に、海水を溜め込んで、そこで養殖を進めている竜ですらいる。
最早、そこにセイズモバロ市を始めとした村や街などの、私が知っているベクタ大陸の面影は残されていなかった。
何せ、このベクタでは、仔竜ですら島に収まり切らないのだろうから、そんな物を用意しても誰も使えないのだから、市町村など不要なのだろう…
凄まじい量の脂肪だけで形成された大陸…
それが、私が見たこの世界線のベクタ大陸だった。
「おーい!おかえりー!」
そんな、最早ベクタ大陸だった場所と言っても良いような場所を見て、呆然としていた時、陣術に声が響く。
その声は…とても懐かしくて…
もう二度と聞けないと思っていた懐かしい声。
私の両親の声だった。
「お母さん!お父さん!」
私は、すぐさま、陣術で声を送り返す。
「おぉ!無事に帰ってこれたみたいで良かったよ!父さんも母さんも心配で心配で…」
懐かしい低い声はお父さん…プランタン=エトワールの声…
「長旅で疲れたでしょう?沢山お料理用意しておいたから、食べて頂戴ね」
少し高く、良く通る声は、お母さん…レテ=エトワールの声…
あぁ…お母さん…お父さん…本当に…生きてるんだ…
そう思うと、嬉しくって…
自然と溢れる涙が頬肉の隙間に溜まっていく。
自力では涙も拭けないけど…こんな時に涙を我慢するだなんて…
私には…とても無理…
でも、両親は今、何処に居るのだろう?
私を見つけて声を掛けてくれたのだから、近くにいる筈なのだけど…
私は、陣術越しに周囲を見渡す。
だけれど…やっぱり視界いっぱいに広がっているのは、何処までも続く肉の海だけ。
だが、解析術式も併用して、周囲を調べている内に私はついに両親の姿を発見したのだ。
発見をした…と言うのは、正確に言うと間違えで…実際は最初から私は両親と会っていたのだけれど…
その両親は…私が今居る、白いぶよぶよとした肉の海だった。
正確に言うと、私が居る場所が、お父さんの身体の上で、そこからはるか遠くに山のように
聳え立っている、桃と白色の丸々とした球体が…お母さんの身体…
その二人の大きさは…兎に角大きくて…
私の身体と比べて十倍以上…ナイルさんと比べても倍以上はあるだろう…それ程に巨大だった。
とは言っても、私はそんな両親の姿を見て、別段驚きはしなかった。
これまでだって、沢山の肉塊竜を見てきたし、肥満竜の本場ベクタに暮らしている両親が、圧倒的に太っているだろうと予想が付いていた。
それに、私だって、この世界線基準で言う肉塊竜に、もう片足を突っ込んでいるのだ。
547兆t…
その数値が、反重力術式を限界まで使用しているにも拘らず、尚抑えきれない、私の体重だった。
ナイルさんの太りっぷりが凄かっただけに、あまり気にならなかったけど、私も凄い太っちゃったのね…
元の世界線に居た時の私なら、こんな体重…発狂していただろう。
けれど、この世界の竜と比べると、私の体重はちょっと重いくらい…
なんなら、あまりにも平均体重の増加速度が早すぎて、昨日まで太りすぎと言われた数値が、次の日には、痩せすぎと言われてしまうのだ。
普通にしているだけで、太る事は当然のことで、太りたくないと思っている竜も、居る事には居るが、身動き一つ出来ない竜が、ダイエットと称して数秒の間、全身の肉を揺さぶり息を切らして程度では、膨大な摂取カロリーを消費するどころか、ダイエットした気になって安心し、次の瞬間には消費したカロリーの何億倍もの料理を食べてしまい、激しくリバウンドを繰り返し…下手をしたら、普通にしている竜よりも勢いよく太っていってしまうのが、この世界線の常識なのだ。
私も、この世界線に随分と染まっているなとは、思うけど…
元々、私は自堕落気味で大食いな竜だったのだから、何処までも楽が出来、好きなだけ食べられる今の環境は、素敵なんだと確信している。
「そう…バルハラントの家がね…あぁ、シャイア博士とイムルちゃんも元気みたいで…うん…教えてくれてありがとう」
お父さんの真っ白な肉に包まれながら、陣術越しに土産話を教えてあげた。
流石に…アドレ君が家を圧し潰しちゃった事は、伏せたのだけど…
二人も昔、研究所で勤めていた時にお世話になったシャイア博士と、その一人娘のイムルちゃんの話を興味津々に聞いてくれていた。
そんな陣術によって表示された画面に写る二人の顔は…
彼方此方の肉が押し合っていて、分かりにくいけど、所々特徴が残っていて、少しだけ老けてはいるけど…懐かしい両親の顔だった。
「そうか、そうか、いやぁ、皆元気そうで良かったよ。さ、お代わりはどうだい?話しているとお腹空いちゃうだろうからね」
お父さんは、そう言いながら、サポーターに頼んで?き集めた料理を次から次へと口に運んでいる。
「ほら、ネージュも早く食べちゃわないと、無くなっちゃうわよ?」
そう言いながら、お母さんは、ベクタの料理を始めとした、バルハラント料理、自身の故郷であるレイヴン諸島の郷土料理まで、様々な料理を私へ渡してくれた。
そのどれもが、記憶の中にあった母の味…
料理が得意で…ついつい作り過ぎてしまうと良く零していた母の味だった。
「これじゃ足りないの?まだまだあるからゆっくり食べなさいね…あら!やだ!ネージュったら、隣にいるカッコいい子は彼氏さんかしら!?気が付かなくってごめんなさいね。もぉ…ネージュったら、早く紹介しなさいよ!」
陣術で、新たに料理を作りながらお母さんは、私の隣で、お父さんの身体に包まれていたアドレ君を見つけて、驚いて声をあげた。
「ほぉほぉ…旅中で、彼氏を見つけてくるだなんて、流石私の娘…隅に置けないなぁ。え…最初から私の身体に乗っていた…いやぁ…すまないね。こう身体が大きいと、身体に他の竜が乗っていても気が付かなくって。ささ、彼氏君も一緒にどうだい?」
「か、彼氏だなんて…アドレ君に失礼よ…あ…アドレ君も一緒にどう?お母さんの料理、とても美味しいから、一緒に食べよう?」
「あ…ありがとうございます…」
不思議と、アドレ君は、彼氏と言われたことを否定せず、私が勧めた料理を美味しそうに食べ始めたのだった。
否定…されなかったのは…嬉しいけれど…
え…もしかして…ベクタに降りた時にアドレ君が言っていた…貴女を支えたいって…
「ひゃっ…嘘…そんな…う、嬉しいけれど…」
だって…まさか…こんな…陣術の研究と食べる事以外興味のない…私の事を…
こうして、私とアドレ君のベクタでの生活が始まったのだった。
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