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フラー教授のゆううつ

2、探し物はなんですか?

私がこの島に来てから、すでに一ヶ月が過ぎた。この辺りの生活は、すべてがのんびりしていて、どうにもやる気がそげる。
そして、重要な問題が私の頭を悩ませつつあった。
「う、うむっ……っはあっ、これもダメだ……」
単純な話だ、少しばかり太ってきてしまったのだ。
何とかハリアさんには食事の量を減らしてもらうようにお願いできたが、それでもいつの間にか気軽にお代わりをよそわれてしまう。
自然と食事の量が増えて、今では持ってきた服のほとんどがきつくて着られないほどに太ってきてしまっている。
まぁ、元々細身だったためにあまり目立っていないが、腹回りの肉はかなり柔らかくなっていた。
「先生ー! 朝ごはんだよ〜!」
コープ君の呼んでいる声がする。すでに彼は食卓について朝ごはんを詰め込んでいるところだろう。
私はゆううつな気分を隠しつつ食堂に入った。
今日の朝ご飯はトーストとオムレツ、それからソーセージと……まぁ、その他色々だ。
「はい、先生」
巨大なマグカップに入ったミルクを手渡され、私は素直にそれを受け取って飲み干した。
って、ちがーう!
「ハリアさん! 私のカップは!?」
「あ……ごめんなさい。うっかりしてたわ」
一応自分用に小さめのカップを買っておいたのだが、彼女は良くそれを忘れる。というより、巨大な食器に埋もれて、小さなカップはいつも食器洗い乾燥機の下にもぐりこんでしまうのだ。
そして、面倒くさくなった奥さんは、巨大なカップに私のミルクを注いでしまう。
私の取り分として置かれた分厚いトーストには、たっぷりと蜂蜜がかかり、バターが溶けていっている。
とにかく一枚だけ、私はそれにいつものようにかぶりついた。
(う……うまい)
そう、私がどうしても小食主義を貫ききれなかったのが、この料理のうまさだった。
何しろハリアさんの料理は、犯罪じゃないかと思えるほどにうまい。しかも、アズライトの食べ物は、どれも一級品なのだ。
私が本国にいた頃は、こうした食べ物はほとんど食べられなかった。研究者にはぜいたくは禁物であり、自分を戒めるように
教えられていた。
だから、
「先生、お代わりどうぞ」
「い……いただきます」
などと言ってしまう自分が、信じられないくらいなのだ。
自分の意思は、いつの間に弱くなったんだろう?
二枚目のハニートーストをかじりつつ、私は自分の意思の弱さを呪った。


今日は、学校に通う全生徒が課外授業を行うことになっている。私はコープ君のクラスをアネイル先生と一緒に引率する係を受け
持っていた。
「今日は自然観察と言うことになっていたが、実際にはどのようなことをするのかな?」
「そうですね……草花の観察とか、そういう感じで良いんだと思いますけど」
いやはや、私は内心ため息をついた。アネイル先生はもちろん好意に値する女性だが、この星全体文明程度の低さが出てしまっている。
そもそも、こうしたフィールドワークにおいて、一番重要なことは植生学・地質学・環境科学を有機的に結合させたディスカッションが最重要課題であり、その星におけるエコシステムの理解を生徒に促すのが……
「はーい、みなさーん、ちゅーもーく!」
能天気すぎる彼女の一言に、思わずずっこける。学校の授業と言うよりは、幼稚園の遠足といった風情が漂うのは先生の声のせい
なのか、それともすでにシートを広げて弁当を食べようとしているコープ君たちのせいなのか。
「いいですか、今日みなさんは、この自然公園の中で自然観察をしてもらいます。
 絵を描くもよし、感想を文にまとめるもよし、自由に行動してください! ただし、コープ君!」
バナナの皮をむいてほおばっていたコープ君は、きょとんとしてこちらを見た。
「お弁当は決められた時間に食べるようにしてください! それと、ゴミはきちんと持ち帰ること。みんな、分かりましたか?」
『はーい』
私はちょっとため息をつき、アネイル先生に振り返った。
「私、少しばかり用があるので、この場をお願いしたいのだが?」
「え? どうしたんですか?」
「……大きな声では言えない用事、といえば分かってくださるかな?」
私の言葉にアネイル先生は大いに顔を赤くされた。まぁ、そういう風に勘違いしていただいても構わないだろう。
挨拶をして、私は生徒達の群れを抜け、トイレのある場所へと歩いていった。そして、十分彼らの視界から消えたのを確認すると、そのまま近くの森の中に入っていく。
鳥や小さな獣の気配だけしかない森の中で、私は鞄から小さな物を取り出した。
それは一見すると四角錘の水晶の塊のようだったが、実際には違う。本国と連絡を取るための光量子連絡機『フラグメント』だ。
四角錘の角にある赤く色づいたところを押してやると、その形は変形して、中からアンテナやコントロールパネルが飛び出してくる。
本竜確認用のパスコードを打ち込んで虹彩紋照合を済ませると、私はチャンネルを開いて本部が応答するまで一本の大木の根元に座り込んだ。
マージベーカリーや学校内では他者の目が多すぎて、とてもではないが連絡などできなかった。定時連絡を怠っていたから、相当向こうは気をもんでいるだろう。
『こちら、衛星監査局です。調査員ナンバーとコードネームをどうぞ』
「ナンバー1850752、コルト、フューラ、スペシャリテ、ドクトリン」
『あら、フラー教授。お久しぶりです』
「やあ、ミルティオ。局長に繋いでくれ、定時連絡をしたい」
『了解。局長、かんかんですよ』
通信機には画像送信機能がついておらず、音声のみだ。いくら物理的距離や遮蔽物、重力波や電磁波の影響を受けにくい通信機とはいえ、送るデータが多くなれば、送信妨害を受けやすくなる。
オペレーターの笑いを含んだ一言に、本国の最新技術がいまだに未発達なのを感謝した。
『フラー調査員、今回の定時連絡の遅れについて、うまい良いわけを思いついたかね?』
思ったとおり、相手はそうとう怒っているらしい。本国から数万キロを隔てた土地からでも、彼の表情が見えるようだ。
「大変申し訳ありません、局長。何しろ地域住民に悟られないようにするのが一苦労でして……」
『よろしい。身分を明かさないという規則は十分守ったようだ。しかし、君の任務は地域住民とのふれあいではなく、ドラゴルーナに隠された
 「秘密」を解き明かすことだと言うことも、忘れたわけでは無いだろうな』
そうだ、私には任務がある。
このドラゴルーナと呼ばれる衛星に、突然起こった異変。星の半分を吹き飛ばして時空のひずみを引き起こした『原因』の調査のために、私は送られたのだ。
同時に、この星の住民の観察と文化レベルを測り、本国にデータとして送るという役割もおおせつかっていた。
『その星の中でも、かなり高いレベルの文化を持つのが君の居るアズライトと呼ばれるエリアだ。そちらの時間ではすでに一ヶ月が過ぎて
 いるはず、データもかなり集まったことと思うが?』
「もちろんです。地域の住民がまとめたデータも比較対象としてお送りします」
私は大急ぎで鞄から記録用のクリスタルチップを取り出し、通信機のスロットに差し込んだ。はるかな宇宙を渡って、私の集めたデータや資料が本国へ送られていく。
『まあ、こんなところだろう』
言葉はそっけないが、これは点の辛い局長からすれば、最大級のほめ言葉だ。私はほっと胸をなでおろした。
『ところで、フラー調査員?』
「はっ」
『最近、何か変わったことは無いかね?』
相手の質問の意図したところが分からず、私は首を振った。
「いいえ。特に、そのようなことは……」
『実は、このまえ君と同じくドラゴルーナに派遣された者が一時帰国してね』
「それが、なにか?」
『その地域では、ベクタと呼ばれる大陸へ派遣されていたものだったんだが……』
ぎくり。局長の苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かぶようだ。
『全く、ひどい有様だったよ、君。何しろ帰ってきたときには十倍だ! 十倍!』
「な、なんの話、でしょうか?」
『体重だよ、体重! 考えられるかね!? 全く、栄光ある「障壁の海」に住まう者が、あんなにみにくくブクブク太って帰ってくるなど……』
局長は心底真面目で、グランアークの教えと、障壁の海を維持する秩序を何よりも重んじる方だ。そのため、文明の監視役としての我々の行動にとてもうるさい、もとい、厳しい目を向けている。
特に体型の維持や管理には口うるさく、不摂生で太ろうものなら減俸や職員のクビも平気で行うのだ。
かく言う私も、その意見には十分賛同していた、のだが。
「お、お言葉を返すようですが、局長『地域住民の様式を学んで理解する』というのも、我々の仕事……」
『地域住民の文化と、太って帰ってくることの間には、なんの関係も無い!』
この場合、反論はしないほうがよさそうだ。少なくとも、きわめて管理が強い本国の生活には『うまい料理』と言うものはほとんど無い。
もし、こうした文明が本国に送られたとしたら、たぶん局長も今までのようなスリムな体型は維持できないのではないだろうか。
彼の小言とグチを聞き流しつつ、私はそんなことをぼんやりと考えていた。


とにかく、自分の任務が増えたことを認識し、森を後にした。
おそらく局長は、今の私を見たらかんかんに怒るだろう。たとえ、元々私が本国の竜の平均体重を下回っていて、今ぐらいがちょうど良い
体格になっているのだとしても。
これはいよいよハリアさんに、きつく言っておかなくては。
同時にこの星に起こった、事件の全容を解明することも忘れてはならない。これには長時間の調査が必要だが、本国へ一時帰国する前に調べるべきことは、山ほどある。
私が生徒たちのいた場所に戻ってくると、辺りには騒然とした雰囲気が漂っていた。その場に立ち尽くしていたアネイル先生は、こちらを認めると大急ぎで走ってきた。
「先生! 今までどこにいらしてたんですか!」
「あ、いや、その腹の具合が、ちょっと……」
「コープ君たち、見ませんでした!?」
詳しく話を聞いてみると、どうやら彼を含む友竜の一団が、先ほどから姿が見えないらしい。この公園の中には岩場やがけなどの危険な場所があるため、あまり遠くには行ってはいけないことになっているのだが……
「私はさっきまで森の中にいましたが、彼ららしい姿は見なかったですな」
「そうですか……それじゃ、もしかして、裏の岩山に行ったのかも……」
「監督の仕事を放り出したのは私だ。そちらの方の探索はお任せあれ」
返事も聞かず、私は公園の端の方にある岩山を目指して走り出した。
だが、走り出してから五分もしない内に息が切れてしまう。どうにも運動不足と、体が重くなってしまった害が、こんなところにも出ている
らしい。
「まったく、これは本当に、ダイエットしなくては、ならないな……」
ようやくその岩山に着くと、私は辺りを見回して大声を出した。
「おーい! コープ君! いるのかー? いたら返事してくれー!」
岩山は火山質のものではなく、元々地下にあったものが隆起してできたものだ。そのために結晶化した岩石が数多くあり、倒れこんだりしたらかなりの大怪我をする事になる。
あるかないかの細い道を登りながら、私は彼らの名前を呼びつつ山を登っていった。
「たーすーけーてー」
その、かすかな声は道の向こう、大きな岩が塞がった先から聞こえてくる。私は大急ぎでその場所に走った。
「あ、先生!」
「どうしたんだね、こんなところで……?」
コープ君をはじめとして、リガウ君やそのほかの仔供達が、空の方を見上げている。その視線の先にあるものを見て、私は思わず
息を呑んだ。
女の子の仔竜が、切り立ったがけからぶら下がっているとはじめは思った。しかし、彼女は何の支えもなく空中に浮き上がり、しっかりともう一竜の仔竜の手を掴んでその場にとどまっていた。
「いったいどういうことなのかね! これは!」
「あの……はじめ、ファクトがあそこにある花を取ろうとして……」
「それをおっかけて、エスタがその花を先に取ろうとしたんだけど……」
どうやら、一つの花をめぐって二竜が争った結果、ああなったらしい。しかし、あの白竜の女の子はどうやって空に浮いているんだ? いやそんなことより!
「とにかく、みんなは先生を呼んできなさい!」
「フラー先生は!?」
その問いかけには答えず、私は宙ぶらりんになった仔竜の下に走りよった。
「先生! 助けて!」
「分かっている! あまり動かないように!」
チョッキを着た緑の竜は半泣きになったまま白い仔竜にぶら下がっている。彼女の顔はだんだん白から桃色になっていく。
もう余り時間が無い。
「せんせいっ! エスタ、もう、だめ……」
言うが早いか、緑の竜の体はあっという間にこちらに向かって落下してくる。私はすばやく持っていた鞄に手を伸ばし……
どすん、という鈍い音とともに彼の体は私の体を地面に押し倒した。彼はそのまま地面をごろごろ転がって、ようやくその動きを止める。
私はといえば、体に鈍い痛みを覚えたものの、何とか大丈夫のようだ。
「先生! 大丈夫!?」
その場に残っていた生徒や、空で一部始終を見ていた少女が周りに集まってくる。
片手を振ると、私は自分が無事であることを伝えようとした。
「うっ、いたっ……」
「大丈夫ですか! 先生!」
痛みをこらえて立ち上がる私に、アネイル先生が心配そうな顔で問いかける。
どうやら、彼を受け止める時に体勢か崩れて足をひねったらしい。
「ああ、何とか大丈夫だ。それより、君の方は平気かね?」
問いかけると、ファクトという仔はこちらに頭を下げた。体はほこりにまみれているが、傷らしいものは無い。
「ごめんなさい、先生」
「いや、これはまぁ、罰みたいなものだ。私もアネイル先生に任せきりで、自分の事をしていたわけだしな」
「とにかく、一旦病院へ。頭を打っているといけないし」
おそらく、その心配は無いだろうが、私はおとなしくその意見に従った。
(それにしても)
私は手のひらの中に隠すように持っていた小さな道具を、そっと鞄に戻した。
(緊急避難キットがこんなところで役に立つとはな)


結局、私はその日の内に入院することになった。重力制御ユニットの作動が遅れ、落ちてくるファクト君の重量を消しきれなかった。
そのために足首を亀裂骨折してしまったのだ。
とはいえ、この程度の負傷なら、回復にはそれほど時間はかからない。医者は完治に二ヶ月かかると言っていたが、再生医療用の
マイクロマシンを持ってきているから適度に注入して、一月くらいに短縮すれば良い。
そんなことを考えながら窓の外の景色を眺めていると、ドアの向こうで騒々しい気配が集まるのを感じた。
ノックされると同時に、中に招き入れると、アネイル先生に引率された仔竜たちが……
「いや、みんなでは入れんだろうから、少しずつ入ってきなさい」
結局、コープ君とリガウ君は廊下で待ち、今回の事件の首謀者であるファクト君とエスタ君、それからアネイル先生が代表して入ることに
なった。
「お加減はどうですか?」
「医者は全治二ヶ月と言ったが、私は回復力が高いたちでね。一月もあれば治るだろう」
言葉もなく神妙にしている仔供たちに、私は笑いかけてやった。
「次からは、先生の言うことを良く聞くのだ。年上の者は理由があるからこそ、君たちにしてはならんことを言っているのだからな」
「はい、先生」
「エスタも、反省してまぁす」
とりあえずその場が収まると、アネイル先生は持ってきた花を、ベッドの近くにあるテーブルに置いた。
「花瓶を借りてきますね」
「ありがとう。実にきれいだ」
「先生! 僕達もおみまい、持ってきたんだよ!」
外から元気の良い声がして、手渡しで何かが運び込まれる。
「うわっ!」
「これ、おかあさんが焼いてくれたケーキ、病院のご飯はあんまりおいしくないからって」
透明なケースの中に入っていたのは、生クリームと果物のトッピングがこれでもか! といわんばかりに載った代物だった。
「俺からは、これ」
リガウ君からは、焼き菓子の詰め合わせ。徳用サイズなのか、えらくでかい。
「あ〜、君たち、良かったらここで食べていかないかね? こんなにたくさんは、一人では食べきれないよ」
「やった!」
「わーい!」
「っていうか、コープにリガウ! 君たち中に入っちゃダメ!」
騒々しくなった個室で顔をしかめつつ、私はちょっとほっとしていた。
病院の食事は体に気を使ったものだし、あのマージ家の大量な食事から抜け出せる良いチャンスだろう。ダイエットには調度良い。
その時の私は、知るよしもなかった。
お見舞いと称して、コープ君が毎日家からさまざまな食べ物を、入院中で動けない私に持ってくることを。
そして、それをほとんど残さず食べる羽目になってしまうことも。


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