フラー教授のもしも −ベクタへ移住編−
第二章 ライラック
*ライラック(Lilac)
紫丁香花(むらさきはしどい)と呼ばれる花。
花言葉は、青春の喜び、初恋の味、思い出、弱さ(仏)、愛の芽生え。 <雑学花言葉より>
「先生! またいつかね!」
「せんせー! 今度あったら、また一緒に昼ごはん食べよう!」
「フラー先生! ベクタでもお元気で!」
「お元気で!」
みんなの声が、一つ一つ私の心に染み渡っていった。
私は涙をこらえて、船内の貨物室に入る為の理術エレベータに乗り込んだ。
私は、操縦席の後方スペースに設置してあるカウチに座っていた。
メルキド君が座る操縦席の隣でも良かったのだが、どうやら私の体はそこに入りそうもなかった。
「……そういえばフラーさん、何故ベクタに住もうと?」
ブリッジから見える景色は、青空を背景に白雲が手前へと迫り、その爽快な眺めに加え、飛空艇のエンジンのリズムも微かに流れていた。
「私はここに来てから初めて料理の美味さを知ってな、だから今度はベクタの料理を食べてみたいのだよ」
「……それだけ? それだけの為にベクタへ?」
「いや、もう一つ理由がある。私はずっとマージ家に居候するつもりは無かったんだ。機会があり次第、何処かに住もうと思ってたんだ」
「なるほど……俺はちょくちょく食材を仕入れる為ベクタへと出かけるんだが、
しかしながら先生、確かにベクタには美味な料理がたくさんある。けどあそこは――」
「分かってる。だが私はそれでいいのだよ、メルキド君。
私が昔住んでいた所では、関心の受容は拒否されていた。だからこそ私は残りの竜生を、生涯不足した分、遊楽したいのだよ」
「――! そんなにも拘束されている所にお住まいだったと?」
「そうだ。食は勿論、贅沢なんぞ許されるどころじゃあ済まない。節制しなければ、最悪職を失うからな」
「……そんな所、このドラゴルーナに存在していたとは驚きだな。いくら厳しくとも、法律によって規制される所しか俺は知らなかった」
「まあそういう所もあるのだよ。だからこそ私は、ここへ来て初めて、在り来たりな”料理”というものに興味を示したのだろうな」
「なるほど……アズライトへ来る前はずっと、その拘束された生活を送っていたというのか……」
「うむ。そうだから私は、残りの竜生をベクタで送りたいのだよ。
今まで味わうことが出来なかった料理を、私は残りの竜生で堪能したい。……それこそ、ベクタへ越す一番のきっかけかも知れんな」
「そうか……ならきっと、フラーさんにはベクタが似合うかも知れないな」
「まあこんな体型でもあるしな」
「いや、まだフラーさんの体型ならベクタではマシな方だ」
「そうなのか? 私はベクタのことを文献でしか読んだことが無いから、そういったビジュアル面までは分からんのだよ」
「なるほど。俺は今までベクタへは何度も来訪しているが、文献で読むよりも実際目で見た方が分かりますよ、本当のベクタを」
「ふぅむ……」
「まあ心配しなくても大丈夫だろう。仮にもベクタには陣術というものがあるし、それがあればベクタでの憂いは無用だ」
「そうか――色々と情報をありがとう、メルキド君」
「俺に分かることなら何だって質問してくれ」
「あぁ、分かった」
「……そういえばフラーさん。ベクタへはまだ当分先で、恐らくは明日の未四つ時――およそ午後三時半――までかかるだろう。
ベクタに着いたら俺がインターカムで連絡するから、それまでゆっくりしててくれ」
「ありがとう。では、遠慮無くそうさせてもらおう」
私はメルキド君に指示された部屋へと向かった。
そしてその部屋の中に入ると、そこには私でもしっかり寝れるほどの大きさを持つベッドがあった。
私はとりあえず、そのベッドの上へと腰を下ろした。すると、私の重みでベッドのマットレスが大きく沈んだ。
(明日の三時半、か……すぐに寝るか、それとも何かするか……)
しかし考えたところで、この飛空艇内で私がすることなどある訳が無かった。
だが私はあることに気が付いた――お腹が空いていたのだ。
いくら夕食をいっぱい食べようとも、夜食をキッチリ取っていた私の腹は、どうやらその為にと腹を空かせていたようだ。
(だけど、今から食堂に行くのもちょっとなぁ……)
そこで私は、この機会にと生徒達から貰ったお菓子を食べることにした。
私は自室の反対側の部屋に行って、そこからエスタ君特性の巨大ケーキを手に取った。だが私の腹はこれだけで満足するはずもなく、
そこでファクト君から貰ったビスマルクドーナッツとその他諸々の生徒から貰ったお菓子を加えて、私は自室へと戻り夜食を食べ始めた。
一時間後、私は貰ったケーキやドーナッツその他諸々を全て平らげてしまった。
これでも私はちゃんと味を嗜んだつもりだ。あんまり早く食べてしまうと、せっかくのプレゼントが勿体無いからな、と思って。
正直満腹では無いが、これ以上食べると明日のおやつが無くなってしまうので、私は食べるのを諦めてそのまま寝ることにした。
――とその時、私はとある竜から寝巻きをプレゼントされていたことを思い出した。
私はすぐさまその寝巻きを取りに反対側の部屋へと向かい、そこからお洒落に飾り付けられた箱を手に取って自室へと戻った。
そしてその箱を開けると、そこには可愛らしい竜の裁縫が施され、さらに私のことを思ってか伸縮性の高い素材で出来た寝巻きがあった。
おかげで私は、その寝巻きを苦労せずに着ることが出来た。そして脱いだベストは近くにあったフックにかけ、私はベッドに横になった。
微かに聞こえてくる微弱なエンジンの鼓動……どうやらそれは、ここでの子守唄のようだった。
またそれに拍車をかけるかのように、お菓子によってある程度で膨れた私のお腹が、より私を深い眠りへと誘(いざな)った。
”フラーさん。朝です”
インターカムからの声を聞き、私は目を覚ました。
私は可愛い竜付きの寝巻きを脱いで、寝る前にフックに掛けて置いたベストを着て食堂へと向かった。
そして食堂に着くと、そこには既にメルキド君が食事を取っていた。
「おはよう、フラーさん。あなたの朝食は既に準備が出来てますよ」
見ると、普段マージ家で食べている量とほぼ同等の量の料理がテーブルに準備してあった。
いつもならすぐに食べ始める私だが、一般竜のメルキド君と、しかもマンツーマンで食べるとなると少しばかし恥ずかしかった。
私はテーブルを前にして、照れくさそうに椅子に腰掛けた。
「ハリアさんから聞いて量を合わせたけど、これで足ります?」
「えぇ、これで十分ですよ」
と言って、私は料理に手を付けた。しかしいつもとは違って、私は少々食事のペースを落としていた。
やはり初対面で、かつ一般体型のメルキド君を目の前にしては、いつもの食事風景は見せられなかった。
「……フラーさん? 遠慮してるのでは?」
「え? いや、まあ別にそんなことは――」
「はは、別に良いですよ、フラーさん。俺はコープとかと一緒にいたりしてるから、そういったのには慣れてます。
それにベクタにだって何回か食事に行ったことがあるし、あそこと比べるとフラーさんなんかきっと足元に及ばないしな」
「そ、そうか?」
「ああ、普通に食事して構わないさ」
ということで、私は普段の食事ペースに戻した。
私は大量のフレークと細々した果物が入っている巨大なボウルに、大量の牛乳を流し入れた。
そしてそのボウルを傾げて、縁に口を当て、スプーンを使い中身を一気に胃の中へと掻き込んだ。
ふと、私は我に返ってちらりとメルキド君の様子を伺った。
どうやらメルキド君は、私の食事に関しては特に驚いてもいないようだった。
「そんなんで驚くようだったら、俺は既にベクタでぶっ倒れてるさ」
と笑いながら言って、メルキド君は部屋を後にした。
ベクタとは本当にそこまで凄い所なのだろうか。私はベクタの、料理以外のこういった面にも少しばかし興味が湧いて来た。
朝食を食べ終わり、私はゆったりと室内で寛いだ。そして次の昼食では朝と同じ要領で食事を取り、それが終わると再び部屋へと戻った。
「後もう少しでベクタに着くんだな……」
と漏らしながら、私は窓からの景色を眺めた。
まだベクタ大陸は見えない。見えるのは、地平線にどこまでも伸びる、太陽の光で輝く美しい碧海だけだった。
私は暫く景色を眺めたり、部屋でのんびりしたりして、そしてようやくベクタへの到着が後一時間程となった。
その時、何だか私は急にお腹が空き始めた――そう、今はおやつの時間なのだ。
(……仕方無い、またプレゼントのお菓子でも食べるかな……)
私は反対側の部屋へと向かい、リガウ君のクッキーやコープ君の手作りドーナッツ、その他残りのお菓子を洗い浚い自室へと持ち込んだ。
そして気が付くと、私は貰った全ての”食べれる”プレゼントを自室に運んでいた。
この状況に私は少々悩んだが、やはり食事に関しては満足したかったので、ここは観念して全てを食べることにした。
”フラーさん。まもなくベクタに到着です”
「むぐ?」
貪っていたコープ君手製のドーナッツをすぐに喉に流し込み、私は返答した。
「ああ、分かった。今すぐ操縦室に向かうよ」
暫くして、私は操縦室に入って部屋の後方にあるカウチに座った。
目の前に広がるは、見るも美しい巨大な大陸であった。そしてその大陸の左奥には、山と深緑の森がある大地が広がっていた。
なるほど、これがベクタ大陸なのか……
「フラーさん、後十分程度で着くから、準備が出来次第貨物室に向か――先生?」
「――んぐ? あ、ああ、悪い悪い。分かった、今すぐ準備に向かうとしよう」
「……それは、ドーナッツ?」
「ああ。マージ家からプレゼントされた、コープ君手製のドーナッツだ。なかなか美味くてな、ついつい手が伸びてしまうのだよ」
「まあコープは、あー見えても料理の腕は超一流――少々大袈裟かも知れないが、実際それほどまでに業人――だからな」
「そ、そうだったのか……長いことマージ家に住んでいたが、コープ君が料理をするところは見たことが無かったな」
「コープはそんなに料理を頻繁にする訳じゃないし、するとしても大概は自分の為にだからな、普通はあまり見ないだろう。
それにしてもフラーさん、もう生徒達からのプレゼントを食べたんですか?」
「あ、あぁ……つい我慢出来なくてな……どうやら、マージ家の食事リズムはもう崩せんようだ。
おかげで生徒達から貰ったお菓子は、さっきの一口で全部無くなってしまったよ」
「――! ……ふぅむ……俺が察するに、きっとフラーさんはベクタでもうまくやっていけるだろうな」
「? それはどういうことだね?」
「まっ、ベクタに住めば分かるさ」
「……そうか」
私はカウチから腰を上げた。
「ではそろそろ、私は準備をさせていただくとしよう」
「分かった。……そういえば先ほど、フラーさんは生徒達からのお菓子を全部食べてしまったと言っていたが、
となるとフラーさんの新居まで俺が持っていく物って何かあります?」
「ああ、そうか……今残っているプレゼントと言えば、寝巻きとベスト、それと銅像ぐらいなものだし、
メルキド君に手伝ってもらう必要はどうやらなさそうだ――その代わりに、大量のゴミが出てしまったが……」
「それぐらいは気にしないでも大丈夫です。ゴミぐらい、何時でも捨てられるしな」
「助かる。ではそろそろ、自室に戻るとしよう」
そう言って私は自室へと戻った行った。
まずは部屋の中を整理整頓し、その後反対側の部屋へと赴き、残ったプレゼントを全てボストンバッグに詰め込んだ。
その直後”フラーさん、まもなくベクタに到着します”という声を期に、私は荷物を持って貨物室へと向かった。
貨物室の理術エレベーターが降りた。
その瞬間、外から緑の香を含んだ、気持ちの良い空気が流れ込んで来た。
それは目の前に広がる叢が運んで来たもので、その中に一本の舗装された道があった。
私はエレベーターを降り、ベクタの地へと降り立った。
右には、地平線の一点に収束して行く畷があり、そして左には、私が目指す都市であろうその巨大な市街地の外観が映し出されていた。
――そう……ついに、ついに私は、自らの意思でベクタの地を踏んだのだ!
”フラーさん、忘れ物は?”
飛空艇イシュラスから、メルキド君の声が聞こえて来た。
「ああ、大丈夫だ! 送ってくれてありがとう!」
私の声は、イシュラスに搭載されている音声通信機器を通して、メルキド君がいる操縦室へと流れた。
”こちらこそお役に立てて良かった。俺は普段停泊させてるベクタ港へ向かう。今後また俺に用がある時は、そこへ行けば会えるだろう。
それとここから東、フラーさんから見て右側に見えるのが、首都セイズモバロ市の西門。宿はそこを入ってすぐの所にある”
「分かった。色々とありがとう、メルキド君!」
”どういたしまして。では俺はこれで”
私はイシュラスとの距離を置いた。
暫くして、メルキド君は安全を確認した上でイシュラスを浮上させ、目的地に向かう東へと飛んで行った。
私はメルキド君から教えてもらった、ハリアさんの姉のティファールさんが経営する宿屋へと向かった。
宿屋は、メルキド君が言った通りセイズモバロ市西門を入ってすぐの所にあった。
私は扉を開け、宿の中へと入って行った。するとそこには――
「で……でかい……」
思わず漏らしてしまったその言葉は、恐らくベクタならではの声息に違いない。ただ正確には”とてつもなくでかい”が妥当だろう。
それは別に身長が高いことを意図しているのではなく、むしろ身長は私と同じくらいか、それより低いか程度なのだ。
私が表現したのは、その、言葉では言い表せないほどにまで肥え太った”肉”体だった。
宿のロビーにいるのは、殆どが私を優に上回る体型の持ち主……まるで私が初めてマージ家を訪れた時の、あのギャップ感に似ていた。
私はその巨漢竜達の間を潜り抜けて、カウンターに佇む一竜――見た目は周りに比べると小柄、体型も細め――の女竜に声をかけた。
「すみません。私はフラーと言うものですが、あなたがティファールさんですか?」
「そうよ。なるほどあなたがフラーさんね? 妹から話は聞いてますよ」
「今回は色々とありがとうございます。わざわざ家も提供して下さって……」
「いいのいいの。ここに住もう竜達は、みんな大歓迎だからね!」
彼女の笑顔は、見ているだけでとても心和むようであった。
「じゃあこれが部屋の鍵、家はここの左二軒隣よ」
「すぐそこなんですね」
「ええ。実は隣とその隣は私が所有している家でさ、だけどいつもここの宿で寝泊りしているから、結局は空き家なのよ」
「なるほど……」
「あ、そうそう。もし食事がしたくなったら是非ここに来てよ。ここへ来たら、私が豪勢に振舞ってあげるわ!」
右腕を鋭角に曲げ、その上腕を左手でポンと叩いた。
「でも、よろしいんですか?」
「もちろん。作った料理を食べてくれると嬉しいもの」
「……分かりました。では、今日から色々とお世話させて頂きます」
「じゃあ早速家で準備を整えて、夕方にはここに来て。今日は特別に豪華な夕食をご馳走するから!
それと……ここに泊まってるみんなも、今日は特別に夕食は豪華絢爛に行くわよ。そう――今日はパーティーよ!」
「おー!!!」
周りから歓声が飛び交った。うーむ……あんな竜達が喜ぶ豪華な食事とは、一体どんなものなのだろうか。
そんあ疑問を抱えつつ、私はティファールさんが提供してくれた家へと向かった。
二軒隣という割には、一軒一軒の間隔がとても広く、家までは予想以上に時間がかかった。
私は家へと向かう途中、先ほど宿屋にいた竜達より何倍にも肥え太った竜達を見かけた。
中には自力で動けないんじゃないかと思わせるほどの巨体の持ち主もいた。
いや、恐らくは自力で動けないに違いない。文献によると、現にそういう竜達は多数存在し、彼らは陣術を使って移動するのだという。
ふむ……どうやらメルキド君の言った通り、文献で読むより実際この双眸で見たほうが、本当のベクタを知ることが出来るようだ。
私はようやく自分の家へと着いた。
まず驚かされたのは、目の前に広がる大きな玄関口。これには圧倒された。どう考えても、私の体の何倍もの大きさがあったのだ。
まあ、道中で見かけたあんだけ大きい竜がいるんなら、これぐらい入り口も大きくしないと家には入れないのだろう。
私はその玄関の鍵を開け、中へと入って行った。するとこれまた大きな広間が姿を表し、私を再度驚愕させた。
二階が無いのにやたらと高い天井を持つこの部屋には、中心に巨大なテーブルが配置されていた――ここはどうやらダイニングのようだ。
そしてダイニングの奥、左、右、それぞれには部屋があり、その扉もまたそれぞれが巨大であった。
ベクタに存在する生き物や建物を問わず、本当にここは全てのものが巨大だった。
私はまず右の部屋を除いた。どうやらここは調理場らしく、アルミ製の台所や、これまた大きな冷蔵庫が置かれていた。
私は次に奥の部屋へと入った。そこは、恐らくベクタでは普通の部屋なのだろう。
だがあくまでも”ベクタ”では普通であり、私にとっては明らかに体と不釣り合いな空間と家具がそこにあった。
例えばベッドは私の体の何倍もの大きさがあり、これじゃあ王様が寝るベッドとさほど変わらないのではないかと思うほどであった。
私はとにかく色々と驚かされたが、途中ティファールさんの宿での夕食のことを思い出し、私は降ろした荷物を整理し始めた。
空間上にディスプレイを行う機器、DMの近くにエルトワ校長から手渡された自身の銅像を置いたりし、私は作業を進めた。
……それと後々調べたのだが、ダイニングの左の部屋も、この部屋と全く同じ構造の部屋だった。
部屋の飾り気にもやや重視した整頓がようやく終わった。気が付くと、時刻は既に午後六時を回っていた。
私は結構ギリギリまで作業をしていたんだな、と呟き、少々早足でパーティーが行われる宿屋に向かった。
そして宿屋に着くと、ロビーには既に沢山の、これでもかと肥え太った竜達が集い哄笑していた。
どうやら既にパーティーは始まっていたらしく、所狭しとテーブルが並んでおり、その上には溢れんばかりの料理が乗っていた。
料理は、原始肉、ローストビーフ、丸々太った七面鳥の丸焼き、スパゲティ、ドーナッツ、パフェ、ケーキなどなど、脂と糖分の塊――
では無く、ベクタ竜の容姿から推測しそうなイメージとは対照的に、魚やサラダなどといったバランスが取れたものとなっていた。
……が、やはり量は多かった。
とその時、奥の方から声が聞こえた。
「あ、フラーさん! こっちこっち!」
周りの竜達の体が邪魔をして、ティファールさんの声だとは分かったものの、その姿を捉えることは出来なかった。
私は竜達の腹肉背肉に挟まれながら先を進み、ようやく姿を確認することが出来た。
「遅かったわね。もうとっくにパーティーは始まっちゃったわ。
だけど安心して。今日はフラーさんが主役だし、フラーさんのためにちゃんと定位置を用意したから」
「あ、どうも、ありがとうございま――」
「みんなー! ちゅうもーく!」
ティファールさんが突如声を発し、辺りを静かにさせて衆目を集めた。
「今日からここの左二軒隣の家に住むことになった、こちらフラーさんです。
このパーティーは彼の転居祝いですので、みんな、しっかりと歓迎してあげて!」
「はーい!」
「では、改めて……パーティー再開よ!」
刹那再び竜達は食事に食らい付き始めた。だが別に食べているだけではなく、もごもごしながらもちゃんと会話をしていた。
私はその様子を暫し眺めていたが、その時、とある一人の男竜がこちらへ近づいて来た。
「どうも、フラーさん。俺はダロン、ダロン・レゴイルです」
「あ、初めまして。私はフラー、カルボナール・フラーです」
私に挨拶しに来た竜、ダロンさんは、見るからに立派な体格の持ち主だった。
身長は、このロビーの中では一番高く、体型もここではかなり大きい方だった。
ふとダロンさんの背中に生えている翼を見遣ると、そこの一節からは爪が出ていた――ベクタ黄竜だ。
文献によると、ベクタ黄竜の特徴はその翼に付いた爪なんだとか。
そしてもう一つ、文献にはこんなことも書かれていた。
”ベクタ竜の中でもかなりの大食漢で、太り過ぎて歩けなくなるほどの巨体を持つ者が多い”と。
ふぅむ……つまりベクタ黄竜は、ベクタ竜の中で最も身長高で、かつ体型も大きいということなのだろうか。
「そういえばフラーさん、どうしてこのベクタに越そうと?」
「まあ過去に色々とあってな……それでアズライトに越した時、料理の本質を知ったんです。だから今度はベクタで本場物を知ろうとな」
「なるほど……それで、どうです、ベクタの料理は?」
「いや、実はまだ来て間もないんで、これが初めてのベクタ料理なんですよ」
「そうか、なら早く食べた方がいい。早くしないと、他の竜達がフラーさんの料理までも食べかねないしな」
するとそこへ、ティファールさんがやって来た。
「そうねー、ここの竜達はみんな食欲旺盛だからね。それじゃあフラーさん、こちらへどうぞ」
そういってティファールさんが、私を専用のテーブルへと案内した。
そこには、マージ家随一の大食感である私でも驚くほどの大量の料理が、テーブルの上を隙間無く埋め尽くしていた。
「ここがフラーさん専用のテーブルよ。ここのテーブルの料理は全部フラーさん用だから、いっぱい食べてって」
と言われたものの、さすがの私もこれを全て食べ切る自信は微塵も無かった。
しかしながら目の前の美味そうな料理には、そんな光景でも食欲を湧かせるほどの魅力があった。
とりあえず私は、一番手前にあった巨大な原始肉を手に取り、それに思い切りかぶりついた。
その瞬間、口の中に芳ばしい香りとジューシーな肉汁が溢れだした――美味い!
私はあまりのおいしさに勢い止まらず、その原始肉はあっという間に私の腹中に収まった。
そしてこの時点で、私の腹は既に五分目の状態だった。私は如何にベクタの料理が偉大かを、料理共々身を持って味わうこととなった。
暫く口の中に広がる芳香と味の残滓を堪能した後、私は次なる料理、山盛りのスパゲティに目を捉えた。
私は近くから取り皿――これまたでかい!――を取り、山盛りのスパゲティをそれに分けた。
そして私はフォークを駆使してスパゲティを頬張り、それを見事喉へと滑り込ませ、まるで実感を残さないかのように飲み込んだ。
だがそれでも、その濃厚な味はしっかりと舌に染み付き、これが本当の”美味”というやつなんだと、私の舌を酷く唸らせた。
私はそのスパゲティを原始肉同様勢い良く平らげ、これで私の腹はほぼ満腹状態となった。
「ふぅ、どれもこれもおいしいな。ベクタの料理は、噂通り本当に傑作だ!」
「そういってもらえると嬉しいわ。作った甲斐があるもの」
「ま、ベクタと言ったら料理だからな。それにしてもフラーさん、もう食べるのは終わりですか?」
「ん? まぁもうちょっとで腹一杯になるから、そろそろかな?」
「あら、まだこんなに残ってるのに……じゃあせめて、最後にデザートでも食べてって」
そういってティファールさんは、巨大なチョコレートケーキを乗せた皿を持って来た。
「ひょー! こりゃうまそうだなぁ――じゅる……」
「あんたはダメ。これはフラーさんのため何だからね」
「いいじゃん、少しぐらいはさぁ?」
「ダロン、あんたってやつはねぇ……」
「あーいや、別に良いですよ? 私じゃ全部食べ切れそうにも無いですから」
「そう? まあフラーさんがそういうなら……」
「ありがとな、フラーさん! じゃあついでに、この残った料理も俺が食べていいか?」
「ああ、恐らく私はもう食べられそうにないしな」
「じゃ、遠慮無く――」
ダロンさんは、私が残したテーブル料理を食べ始めた。
彼は既に私が来る前から食事を取っていたはず……それなのに彼は、残りとは言え数多くあった料理を易々と平らげてしまった。
「……フラーさん? 早くしないと、俺がケーキを全部食べちゃいますよ?」
「え? あ、ああ」
私はどうやら、ダロンさんの食べっぷりに見惚れてしまっていたようだ。
ダロンさんの一言で私は我に帰り、ティファールさんが持って来たケーキを食べ始めた。
だがそのケーキも、大半はダロンさんの腹の中へと消えていった。
今日、私はベクタのことを色々と知った。文献では分からない、本当のベクタを……
私は満足気な表情を浮かべて、未だパーティーの高揚が止まぬロビーを後に、自宅へと向かった。
そしてその帰り道、私の満腹になったお腹は、私の気分と同じくして嬉々に踊っていた。
(……明日は、どんなベクタ料理が食べられるのだろう?)
目が覚めた。時計を見ると、既に時刻は八時を回っていた。
とその時、ぐぅー、という腹の虫が鳴った。どうやら私は、少しばかし遅く起きてしまったようだ。
私は部屋を出て朝食を食べようと思った矢先、ふと重大なことを思い出した――冷蔵庫の中は、まだ空っぽなのだ。
(し、しまった……昨日はパーティーだけで終わってしまったんだった……)
そこで私は、仕方なくティファールさんの宿屋に行くことにした。
少々厚かましく思われてしまうかも知れないが、そこに行けば朝食をご馳走になれるかも知れないと思ったのだ。
勿論向こうの御厚意を受けるのを主に考えている訳では無く、ちゃんと代金は払う心持ちだ。
……けど、何故かあそこに行くと何でもしてくれそうな感じがするのだ……私も、ここに来てから随分と性格が変わってしまったようだ。
そして宿屋に付くと、案の定私が期待した通りの展開となった。
「あ、おはようございます、フラーさん。そういえばフラーさん、まだ冷蔵庫の準備とかしてなかったでしょ?」
「実は……」
「そうだろうと思った! 安心して、私がちゃんとフラーさんの朝食を用意してあげるから――」
とその時。
「お! おはよう、フラーさん!」
後ろから声をかけてきたのは、昨日知り合ったばかりのダロンさんだった。
「あ、おはようございます、ダロンさん。もう朝食を食べたんですか?」
見るとダロンさんの口の周りには、恐らくピザのものであろうチーズがべっとりと付いていた。
「あーいやいや。まだ食べてる最中ですよ」
「そうでしたか――」
ダロンさんの後ろを見ると、そこには数枚の皿が重なっていた。
数枚、と聞くと、そんなものか、と思うかもしれないが、何せここはベクタ、たった一枚の皿でも驚くほどの量なのだ。
つまりベクタにおいて、複数の皿が重なっている時点で既に驚くべきことなのだ。
「……ちなみに、いつも何時頃朝食を取られるんですか?」
「俺か? 俺はそうだな……まあ七時半ぐらい、ってところかな?」
七時半であの量を平らげるとは……私はまたもや驚きのベクタを実感した。
「そうだ。ちょうど良いからフラーさん、一緒に朝食でもどうです?」
「ああ、喜んでそうさせて貰おうかな?」
「おっし、じゃあ今日は俺のおごりだ! たーんと食べてくれよな!」
「え? い、いやそれは――」
「いいってのー、フラーさん! 今日は俺からの引越し祝いってやつよ!」
ダロンさんに促され、私は彼とテーブルを挟んで反対側に位置する席に座った。
「んじゃあフラーさん、それとダロン、注文はお決まり?」
「俺はハンバーガーとピザを追加で。フラーさんは?」
「えっと……そうだなぁ、じゃあホットドッグでも頂くとしようかな」
「ではサイズは?」
「ハンバーガーは4Lで、ピザは2Lで」
「フラーさんは?」
「えー……じゃあ、とりあえず3Lサイズで」
「分かりました。それじゃあ少々お待ちくださいね」
ティファールさんが調理場へと向かって行った。
「……なあフラーさん。本当に3Lで良かったのか?」
「まあとりあえずですよ。まだあまり、ベクタのサイズ感覚が分からないものでね」
「なるほど。フラーさんなら普通に4Lぐらいはいけると思ったんだがな」
「そ、そうですか?」
私は周りを見渡した。するとあちこちのテーブルにはそれぞれ、昨日のパーティーに引け劣らないほどの量の料理が犇き合っていた。
私はてっきり、昨日のはパーティー用に敢えてオーバーに用意したものだと思っていたのだが、どうやらこの量が普通らしい……
……と、ちょうどそこへとある料理が隅のテーブルに運ばれようとしていた。
「はい! ご注文のスパゲティ4Lサイズです」
「わーい! いっただっきまーす!」
あれが4Lサイズ――どうやら私が頼むには、少々勇気がいる量のようだ。
……しかしこれは驚いた。4Lサイズを注文したのは、何と子竜ではないか!
あれほどの量を子竜一人で食べるなんて、私には到底考えられなかった。
いくらあのコープ君やリガウ君が大食いでも、さすがに4Lサイズは食べないだろう。
せいぜい彼らが食べるのは、3Lサイズが限界――まあがんばれば、4Lサイズぐらいはいけそうだが……
私はアズライトの太竜達とベクタの竜達との比較を黙考していた。そして暫くして。
「お待たせ! これがホットドッグ3Lサイズです」
「――!」
さすがの私もこれにはびっくり仰天。驚きのあまり死語がつい漏れてしまったほどだ。
見るからにそのホットドッグは、ホットドッグではない。
長さは私の片腕ほどあり、太さは両手でも囲うことが出来ないほど。そして挟めてあるのは、とにかく肉厚なウィンナー、しかも三つだ。
さらにその周りには巨大なレタスの葉が入り込んでいて、上にはびっしりとケチャップとからしが埋め尽くしていた。
これが3Lサイズ――てことは、この宿で一番大きなサイズは、一体どんな大きさをしているのだろうか。想像も出来なかった。
私は驚きに駆られつつも、その巨大ホットドッグに食らい付いた。
噛んだ瞬間「パリッ!」という音と共に、挟めてあったウィンナーから濃厚な肉汁が溢れ出た。
それは仄かな肉の香りを含み、次にレタスのシャキシャキ感が後を繋いだ。
この歯ごたえとこの味の素晴らしさに、私はパンの存在を忘れ、それは単なるウィンナーとレタスを乗せる器にしか思えなくなった。
「――う……美味過ぎる! こんなに美味いの、生まれて初めてだ!」
「大袈裟だなぁ。確かにここの宿の料理は、ベクタの中でも一、二を争うほど美味いと言われてるがな。
だけどここに来れば、こういった料理はいつでも食べられるんだぜ?」
「んぐ、んぐ……なるほど。ここの近くに住むことになって本当に良かった」
「はは。だけどベクタにゃあまだまだおいしい料理はたくさんある。フラーさん、今日何か予定は?」
「んぐ……いや、まだ来たばかりなんで……一応これから仕事を見つけようとは思ってるんですけどね」
「そうか、なら俺も手伝うよ。そのついでに、俺がベクタのあらゆる所を教えてやるよ」
「んぐ、んぐ……それはありがたい! 是非お願いさせてもらおうかな?」
「そいじゃ、早く飯を食わないとな!」
と言って、ダロンさんは後々届いたハンバーガーとピザを急いで平らげた。
そして彼が料理を食べ終わったとき、ちょうど私も巨大ホットドッグを完食した時だった。
私は上唇の周りにべっとりとケチャップとからしを付けたまま、豪快に胃袋の空気を吐き出した。
そしてパンパンに張ったお腹をさすり、私はそれを軽くポンっと叩いた。お腹が、気持ち良い具合に上下した。
「フラーさん、そろそろ行きます?」
「ああ。じゃあ、そろそろ出るとするかな」
私は椅子から腰を上げた。同様にして、ダロンさんも椅子から腰を上げた。
私は先に外へと出て、ダロンさんは会計を済ませた後外へと出てきた。
「では先に、フラーさんの仕事探しでもしますかな」
とダロンさんが言い、彼はベクタの通りを進んで行った。
何分か歩いた後、辿り着いたのは一軒の店で、看板には”ベクタ 就職ナビゲーター西口”と書かれていた。
私とダロンさんは、その店の中へと入って行った。
「いらっしゃい。何か職をお探しで?」
「ああ。この方の職業を探して欲しいんだ」
店員は私の方を見据えた。
「ふむふむ……ちなみに、何かやりたい仕事はおありで?」
「ええ。一応私は農業を営もうかと思っているのですが」
「なるほど農業ね。ふむ……それなら大丈夫だとは思いますね、農業なら大抵やって何ぼですし」
「そ、そんなもんですか?」
「そんなもんですよ。ただやるには、ちゃんとした土地を買わなければなりませんけど」
「ほぅ……では、自宅から一番近い土地は何処か分かりますか?」
「ええ勿論。ではあなたの自宅は何処ですか?」
そういうと店員は、目の前の空間上にベクタ大陸の地図を投影した。なるほどこういったことにでもDMが活用されるのか。
私はそこから自宅の位置を探し、そして見つけた場所を指で指し示した。
「うーん……そこから一番近い所だと――そう、ここですね」
店員はとある地図上の空白を示した。
「あなたの自宅からだと、大体徒歩ニ十分ぐらいですかね。
運が良いことにあなたの家は西口の近くなので、かなり近い所の土地が得られますね」
「では、ここはいくらほどで?」
「そうですね……ざっと――○○○、こんなところでしょうか」
「――! た、高い……」
「まあ農業国ですし、その分値段は高いんですよ。これでもかなりお安い方ですが?
ちなみに、一番安い値段は――△△△ですね」
「……さすがの私も、その値段はちょっと……」
「ふぅむ……まあ職業は色々とありますし、ゆっくりと考えてみてはいかがでしょう?」
「……そうします」
「ま、時間はたっぷりあるんだし、ゆっくり決めようじゃないか」
「そう、ですね……」
「……そろそろ昼時だな。よし、気晴らし序でに昼飯でも食いに行くか!」
と言って、次にダロンさんが案内したのは大きなバーガーショップだった。
ここに来てまだ一日しか経っていないが、私は既にこの大きさには慣れてしまっていた。
店が大きい理由は、家と同様ベクタに住む”肉塊竜”という竜の為だという。
実は先ほど、初めて肉塊竜というものを見たのだが、さすがにあらゆる大きさに慣れようとも、あの大きさに驚愕の顔は隠せない。
何せこんなでっぷりした私の体でも、およそ十倍もの差が相手方との間にあるのだ。
さらに、あまりにも付き過ぎた肉が体を押し上げ、身長――正確には違うが――が高くなり、地に全く足が着いていないのだ!
一体これでどうやって動くのかと悩んだが、それこそ噂の、あの陣術というものを使って動いているとのこと。
いやはやこれでようやく私は、ベクタに関するあらゆる情報を全て肉眼で見ることが出来たようだ。
そして恐らくこれで、私は本当にベクタの大きさに慣れたに違いない。
私達は店内へと入り、レジへと向かった。
「いらっしゃいませー!」
「てりやきチーズバーガーセットの5Lサイズください」
「そちらのお客様は?」
「えっと……」
私は悩んでしまった。今朝の3Lサイズのホットドッグで、私は十分腹一杯だったのだ。そうなると、やはり注文するサイズは3Lか。
しかし聞くところによると、4Lサイズ辺りがベクタでは一般的な量らしい。
ここで私は、勇気を振り絞ってベクタ標準サイズに挑むことにした。
「じゃあ……ハンバーガーセットの4Lサイズで」
「かしこまりました!」
「おっ? やっぱ今朝の3Lサイズじゃ足んなかったろ?」
「いや、正直言うとあれで腹一杯だったんです。けど、ベクタでは4Lサイズぐらいが標準だって聞いたもんで……」
「そうか、じゃあフラーさんは4Lサイズは食べ切れんだろうな。もし残した時には俺にくれよ?」
「そ、そこまで多いのか……でも、良いのかい?」
「もちろん。飯がタダで食えるに越したことは無いからな!」
そして案の定、やって来たハンバーガーセットの4Lサイズは、見事私一人では食べ切れなかった。
目の前に聳え立つ山のようなハンバーガー。私はナイフとフォークを駆使し、それを何とか食べ続けたものの、
他の添付品である多量のポテトと大量のジュース、これらのダブルコンボが見事私を打ちのめした。
大きく膨れ上がったお腹は、限界を超えたことを告げるかのようにギリギリにまで張っていた。
なんとかして無理矢理にも食べ物を腹に詰め込んだが、最終的には八分の一の量を残してしまった。
そして約束通り、その残りはダロンさんが綺麗サッパリに平らげた。
あの4Lサイズよりも一段階高い5Lサイズを食べたのにも関わらず、ダロンさんが余裕の表情でそれを食べたことには驚きだった。
しかも彼の腹は多少膨れてはいるものの、私のような張りは一切なかった。それに表情も、どこか物足りなげだ。
「おー……ありがとうございます、ダロンさん」
「いやいや、対したことじゃないさ」
「それにしても、まだ余裕なんですか?」
「ま、まあそうなんだよな……本当はもっと食べたいんだが……」
「? 何かダイエットでも?」
「いや、別にそうじゃないんだが……あまりにも沢山食べると、勢いで肉塊竜になっちまうかも知れないだろう?」
「あ、あぁ……確かにそうだな」
「確かに食べることは好きなんだが、さすがに肉塊竜にはなりたくないんだよ。まあ普通はそんなこと気にはしないんだろうが……」
「そうなんですか?」
「ああ。俺と同種のベクタ黄竜達は、生まれつき体格が大きいから遺伝上肉塊竜になり易いのさ。
だから肉塊竜になってもあまり騒がないんだろうな。他のベクタ竜達なら、太り過ぎたと思って痩せようとするだろう。
きっとベクタ黄竜達にとって、肉塊竜に成りたての頃はまだ、ちょっと太り過ぎた程度にしか思ってないんだろうな」
「うーむ……ベクタは本当に凄い所なんだな」
「まあ逆に、それがベクタなんだろうけどな」
そのダロンさんの一言に、この会話は幕を閉じた。
少しばかし休憩した後、私達はバーガーショップを後にして宿へと戻り始めた。
宿に着くと、カウンターの所から女竜の罵り声が聞こえてきた。どうやら、相当酔っているようだった。
「あー、あの女は、よくここで愚痴を漏らすのさ。昼間っから酒を飲むのは珍しいことだけどな」
「そ、そうなんですか……」
「――あ、しまった……俺、今日用事があるんだった! すまん、フラーさん。俺はちょっとこれで……」
「あ、いえいえ。今日は色々とありがとうございました。よろしかったら、また今度もベクタを案内してくれませんか?」
「もちろんだとも。それじゃまた!」
ダロンさんは急いで宿を出て行った。
再びカウンターに視線を戻すと、まだ彼女は愚痴をこぼしていた。
「何で……何であたしが”スフィア”から追い出されるのよ!」
(――スフィアだと!?)
私はその言葉を聞いて驚いた。まさか……
「あー、そこのお嬢さん……ちょっとよろしいかな?」
「何よ、あたしに何か文句でもあるの?」
「い、いや、そういう訳じゃなくて……ちょっと耳にしたんだが、君はさっき”スフィア”、とか言わなかったか?」
「ええ、言ったわよ。あそこの竜達はみーんな頭が固いのね! まったく、ベクタに来たら太るに決まってるじゃない!」
「あ、その……てことは、君はスフィアに勤めていたのかい?」
「ええそうよ――あら? あなた、スフィアのことをご存知で?」
「勿論。私は元スフィアに勤めていたものですから」
「――! 本当!? ……その体型を見ると、あなたも辞めさせられたのかしら?」
「まあ辞めさせられたというよりは、辞めたって感じかな。どうせ本国に戻っても、首を刎ねられるだけだと思ったんでね」
「そうよね。あそこの連中みんなダメだから、まったく……」
「……そういえば君、名前は?」
「あたしはソフィア。エル・ソフィアよ。あなたは?」
「私はフラー。カルボナール・フラーです」
「――! えぇー!? フラー教授!?」
「? 私をご存知で?」
「それはもう……だってフラー教授は、女竜達の中の”ベスト オブ スフィアズ教授”のベストスファイブ入りですもの!」
「そ、そんなものがあったんですか……?」
「えぇ。フラーさんは人気でしたよ? クールだけど、なんか控えめなところが”かわいい”って」
私は少々赤面してしまった。
「……だけど、今の姿を見るとまったく面影ないね」
「ま、まあ……な」
「それにしても、あなたは今まで何処にいたの? あたしはずっとベクタにいたけど、あなたを見た覚えが無いわ」
「私はずっとアズライトにいたんです。つい最近、それも前日、ここに越してきたんです」
「あー、なるほどそれじゃあ見ない訳ね。それにしても……ベクタ以外の所も、ここのような肥満問題でもあるの?」
「うーん……私の場合は、たまたま居候することになった家が大食い一家で、しかもそこの妻はベクタ出身だったからなぁ」
「ふーん、運が悪かったのね」
「まあそれでも、やはりアズライトの肥満問題は深刻だと思いますね。肥満竜もそれ相応にいましたし」
「そう……じゃあこのドラゴルーナには、どうやら肥満国が多いようね」
「統計論的には、そのようですな」
「……ねぇ、一緒に食事でもしない? まだまだあなたと話をしたいわ」
「え? あ、ああ。まあまだおやつの時間には早いけど、別に大丈夫ですよ」
「じゃあ――あそこのテーブルで食べましょ」
そういってソフィアさんが示したのは、二人専用のテーブル――勿論ベクタ竜の大きさに合わせたサイズ――だった。
私達はそこに座って、互いにスフィアでの生活から今に至るまでの色んなことを語り合った。
同じスフィアで働いていたこともあってか、この会話は大いに盛り上がった。
そして気が付くと時間が六時を回り、そこで私達はおやつに次いで夕飯を一緒に食べることにした。
その後も、ソフィアさんと食事をしながらスフィア時代の話に花を咲かせていた。
やはり同じ境遇に見舞われていただけあってか、会話は本当に互いが共感出来るものであり、そしてそれは途切れることなく続いた。
その長い会話にやがて宿が店仕舞をすると、私はソフィアさんを自宅へと招き、翌朝まで共に過ごすことにした。
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